手品専用の共有サイト「AoM」を通して語られるトリックの著作権とその功罪 【前編】


2016年12月1日、経済ニュースサイト「Business Insider」がマジック専用の共有サイト「Art of Misdirection」の内幕やそれを通じて、今日のマジック業界が抱える課題を掘り下げた記事を公開した。これは今の日本のマジック業界にも言える話で、もしかしたらこの手のサイトがどこかに転がっているかもしれない。

The world’s magicians fought a hidden war over an ultra-secret website dedicated to stealing magic tricks | Bussines Insider
http://www.businessinsider.de/inside-art-of-misdirection-ultra-exclusive-private-torrent-tracker-magical-pirates-invites-2016-11

「Art of Misdirection」(通称:AoM)とは、秘密裏にマジックのタネ明かしを行い、膨大なトリックをマジシャン同士で共有するサイトである。マジックが好きな人でも、このサイトを知っている人が極端に少ないだろう。なぜなら、AoMでは、Googleでも検索できないようになっており、同サイトのアカウントを持つマジシャンは世界でもわずか600人ほどだという。そのため、AoMは「世界一クローズドなサイト」とも呼ばれている。

AoMのメンバーは厳格な秘密厳守の文化を守っており、アクセスするにはまず現メンバーからの招待が必要。招待されたマジシャンは高難度のマジックを動画を通してアップし、自身がAoMのメンバーにふさわしいことを証明しなければならない。さらに、サイトの秘密を漏らした者には有無を言わせずアクセス権が失効される。実際に数年前、意図せずにサイトの方針に違反してしまった全体の3分の1のAoMメンバーのアカウントが削除されたことがある。

仮に運良く会員として認められれば、AoMがアーカイブする最新のマジックから歴史的なものまで、様々なマジック関連の文献や解説動画等にアクセスすることができるため、ある意味、マジック専門の巨大な電子図書館といえる。しかしながら、同サイトがアーカイブするマジック作品の大半は著作権侵害が横行する違法なもの。テレビ番組や映画と同じように著作権や商標、あるいはその他の知的財産権を脅かしており、同サイトはそれらを非合法にコピーした海賊サイトでもある。

ほとんど人にとって違法ダウンロードは簡単なことだ。映画のストリーミングサイトや怪しげな音楽ブログ、ちょっとした冒険心でThe Pirate Bay(トレント用の検索エンジン)に検索をかけてみたり…。

2016年11月、フランス政府当局による捜査を受けた有名な音楽共有サイトのWhat.CDが閉鎖された。その後、ゲーム関連の共有サイトであるBlackcat Gamesや、Eラーニング・コンテンツやドキュメンタリー関連を共有するScienceHDなども相次いで閉鎖された。

こういったサイトが閉鎖されることは、多くの人々にとっては何の影響もないことだが、一部のコレクターなどからすると大きな意味を持っている。彼らにしてみれば、それはインターネット上のどこを探しても存在しないようなデータがこういった共有サイト上には保存されているからだ。What.CDが閉鎖した後、あるRedditユーザーは同サイトの閉鎖を悲しみながら、「What.CDは音楽向けのアレクサンドリア図書館だった。ミュージックリストやフォーマット、コラージュ、トップ10など、ミュージックコレクションに関わるあらゆるものがそこにはあったんだ」とコメントしている。

今後、What.CDが戻ってくるかどうかは不明だが、共有サイトにはあらゆるコンテンツが眠っている。Art of Misdirectionのような排他的で秘匿性の高いサイトはプライベートトラッカー(ダウンロード速度を上げるために有料会員になる人のこと)の間でも評価が高い。あるベテランのトレントユーザーは語る。「AoMはおそらく入会するのが最も難しいサイトだろう。そもそも、メンバーになるためにはマジシャンにならなくちゃいけないんだからね」

実在するマジシャンのコミュニティ

知ってのとおり、マジックはタネを明かしてはならない。マジシャンたちはトリックや秘密を守り、ミステリアスな雰囲気を保とうと努力している。それはパフォーマンスにおいても、ビジネスおいても、そうする必要があるからだ。そして、彼らは不可能に挑戦しては、観客の目をくらませ、煙に巻く。

AoMのような秘密結社的な団体は現実に実在しており、その1つにイギリスのマジッククラブ「The Magic Circle」がある。ここでは、同じようにマジシャン同士が仲間たちと情報交換をしたりしている。もちろん、「Magic Circle」に入会するためにはオーディションや面接などを潜り抜け、メンバーたちにマジシャンとしての自らの力量を証明し、かつマジックのタネ明かしは決してしないという誓いを立てなければならない。そして、ある意味、AoMはそのインターネット版ともいえる。

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前述のようにAOMでは、秘密という名の規約を厳守したマジシャンたちによって構成され、入会する際には厳しい審査にパスしなければならない。とはいえ、ここで扱われるマジックの多くが違法に本をスキャンしたり、DVDをリッピングしたりして築き上げられた悪質な海賊サイトだという点で健全な組織とは大きく異なる。

筆者によれば、同サイトの存在は以前から知っていたようで、マジックとは何ら関係のない著作権保護の団体の間でさえ、その秘匿性の高さは有名とのこと。

AoMの内情

筆者はAoMの海賊行為に不満を持つあるマジシャンから会員たちのメールリストを入手し、元メンバーを含む700人に同サイトの内情について一斉送信した。すると、一部返信があった。

現メンバーの1人は警戒心と困惑に入り乱れながら、こんなコメントをしている。「残念ながら、AOMは極めて閉鎖的なサイトで約600人いるメンバーたちは何も語らないと思います。誰にも知られていないからこそ、安全なんだと考えいる人もいるくらいですから。ちなみにですが、AoMのことはどこで知ったのでしょう?デビッド・カッパーフィールドでもない限り、この手の内部情報を手に入れるのはかなり難しいと思うのですが…」

一方、ある元メンバーはこんなエピソードを語ってくれた。「昔、兄の大学の卒業パーティーでマジックを見せようとしてた時のことです。男が意気揚々と近づいてきて、『マジックを見せてあげようか。でも、きっと君にはわかりっこないだろうけどね』と言いました。そのとき、彼とは『わかる』『わからない』の押し問答で、僕は家に帰った瞬間、AoMにログインして彼がやっていたマジックを探し出し、即刻ダウンロード。その日のうちにできるようになったのを覚えています」

AoMにアーカイブされているデータはその全てが違法なモノというわけではない。中には、著作権の保護期間が切れたり、AoM会員専用に作成されたオリジナルのコンテンツもある。メンバーたちが執筆し、AoMの中でしか閲覧できないものさえある。

現メンバーのルーシーによれば、「仮に新作や古い本をそのまま普通に買おうと思っても、すぐに絶版になったりして入手できないものもあるから困る。最近の傾向としては、レクチャー動画が多く出回ってる感じだね」とコメントし、近年DVDだけでなく、ダウンロードコンテンツも普及したことが要因だと考えられる。また、ルーシーによると、AoM内では、専用のフォーラムも設置されており、そこではスライハンドやギミック、レア商品、自身のアイデアに対する意見交換などが活発に行われているそうだ。(下の画像は「AoM」の実際のログイン画面)

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「結束はかなり強かった」と、別の元メンバーのピーターは語る。彼はAoM専用のオリジナルのレクチャービデオの制作に尽力した1人だという。「メンバーたちはただ動画を自由にダウンロードできるだけじゃない。それ以外にも様々な媒体から情報を網羅できて、絶えず新しいマジックを考案し続けている。だからこそ、最高のマジックが生まれるんだ」

これまで同サイトでは、会員数を厳しく制限し、幾度となく組織の締めつけを図ってきたことがわかっている。そして、それは同サイト発足当初から追い求めてきた哲学であり、以前に運営者の1人が言ったとされる「我々は量よりも質を選ぶ」という言葉に基づいている。

2010年、とあるパブリックフォーラムにAoMの管理人「ジャクリーン」と名乗るユーザーが登場した。そこで、同サイトの新メンバー受け入れに関する基準について次のように明かす。「現在のシステムでは、最高ランクのメンバーである12名だけが唯一招待制の権限を持っている。そして、多くの場合、本当に信用できる人間でない限りは、新たにメンバーを勧誘することはまずないだろう。おそらく、このままでは会員数は減少する一方だと思うかもしれないが、我々はあえて人を選んでいる。今や、アカウントの売買目的などで入り込む者がいるようだが、それは当サイトの基本方針に反する行為だ。そのような疑いのかかったアカウントは即刻削除される」

かつてAoMを撲滅しようとしたマジシャンたち

「自分たちのマジック(=art)を尊び、リスペクトするマジシャンとして、海賊行為を行う者たちにはぜひとも反対の意を唱えたい。(中略) マジシャンは嘘をつくプロだったとしても、泥棒であってはならないのだ」そう語ったのはオーストラリアのマジシャン、ティム・エリス(Tim Ellis)だ。2009年、彼は自身のブログ「Magic Unlimited」の中でAoMの内幕を明かした批判記事を掲載した。その中で、彼はAoMがマジックの違法アップロードをメンバーたちに推奨していたことやAoMのアーカイブをスクリーンショットした貴重な画像を投稿している。(下の画像を見る限り、AoMには少なくとも1182個ものファイルが保管され、しかもそれらのファイルにはちゃんと5星で評価もされていることもわかる)。
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エリスはマジシャン仲間であるジェームズ・クラーク(James Clark)とともに、これまでAoMを含むマジックの共有サイト撲滅に向けて様々な活動に取り組み、時にはFBIの協力を得ようと画策することもあった(なお、筆者にAoMの会員リストをリークしたのもクラークだった)。

エリスによると、2人は以前、マジックのレクチャーDVDを違法にコピーし、共有していたあるサイトの管理人を突き止め、FBIとともに管理人の自宅に乗り込んでいったことがあったそうだ。当時、その管理人はまだ両親と暮らす大学生だったことあってか、事件はすんなりと収束に向かった。その後、その大学生は自身のサイトの悪質なページを削除し、後にアマチュアマジシャンのためのパブリックフォーラムとして運営を続けている。

しかしながら、こうしたマジックの違法共有サイトに関しては、次のような肯定的意見もある。セミプロで、元AOMメンバーのエドモンドはこう語っている。「今はお金があるので、これが悪いことだというのは簡単だ。実際、ああいった共有サイトがなければ、今の自分はなかったと思う」

後編へ続く