マジック好きあるある「次こそスゴイ手品本に出会えるはず症候群」


2017年7月31日、本サイトでDarwin Ortizのコラム「Next Book Syndrome」を取り上げた際、2点ほど不甲斐ない部分があった。それは内容をわかりやすくするために文中にある「手品本」を「マジック」と置き換えて紹介したこと。コラムの冒頭にあたる「中毒(The Addiction)」のみを抜粋したことだった。

個人的にはそのくらい刺さるものがあったがゆえの決断だった。

しかし、コラムには「中毒」に続き、「思考停止」「高揚感」「治療」と、マジックが好きな人なら誰しも経験がありそうなことについて触れられ、後になって冒頭部分だけで終わらせてしまうのはもったいないと思っていた。

…あとは言わなくてもわかるはず(笑)

“Next Book Syndrome” by Darwin Ortiz

「本を買うことは大概、中身に対価を払うことと勘違いされている」アルトゥル・ショーペンハウアー

「人間の欲望は尽きることがない。我々の本性は全てを欲するようにできているが、最後にはほんの少し満足感しか残らないのだ」ニッコロ・マキャヴェッリ(The Princeより)

1. 中毒

以前、ダイレクトマーケティングで財を成した友人がいた。彼によれば、ちゃんとしたメーリングリストさえあれば、仕事の半分は終わったようなものらしい。これまでに最も稼いだジャンルはダイエット商品だったそうだ。驚くことではないが、友人はダイエット商品の購入者リストを使っていた。

どうやら、商品を購入したばかりの顧客たちはダイエットにいまだ悩まされたままという厳しい現実に直面していた。友人曰く、先週、ダイエット商品を注文した購入者リストというのは最も適したメーリングリストらしい。もちろん、これは最初に買った商品をきちんと見定める時間がなかったことを意味しているが、ダイエット商品の場合、彼らは同じ目的を果たすために、また別の商品を買っているというのだ。

つまり、彼らは皆、商品を注文しては、そこに誰もが唸る夢のようなダイエット法がないとわかると、すぐにそれを捨て去り、次の商品に目を向ける。ちゃんとそこには「適度な食事と運動」という至極真っ当な方法が書かれているのにだ。

彼らはこう望んでいるらしい。きっと努力もせずにダイエットという名の「奇跡」を起こすことができるメソッドがどこかにあるはずだと。そう信じて皆、郵便受けにかがむ。

実のところ、これは我々マジシャンにも同じことがいえる。きっと多くのマジシャンが自宅の郵便受けに似た思いを馳せた経験があると思う。次こそ、スゴいマジシャンになれる秘密(=マジック)がこの中にあるはずだと。そしてその秘密を知った瞬間、現実という波が襲いかかる。

しかしながら、こうした失望感はダイエットに悩む人のように「次の商品=良いもの」だとわからせてくれるわけではない。確かに、次はもっと良いかもしれない。でも、ありもしない手品本が自分の期待に見合うことなどまずないため、マジシャンは妄想や非現実的な期待を投影してしまうわけだ。

2. 思考停止

マジシャンが事実を直視するのは本が届いた瞬間だけであり、どんなに素晴らしいものであっても、それはただの本だということ。特定の現象や動作、考察の集まりでしかない。そこから何か恩恵を得るためにはしっかりと読んで勉強し、読んだ内容について考える必要がある。結局、人のために効果的にできる術を文章から努力して見出さねばならない。自ら考えなければ、本は役に立たないのだ。

皮肉なことに、本の内容が良くなればなるほど、読者には考えることが多くなるだろう。そのため、普通のマジシャンがそれを正しく評価できる可能性は低くなる。ちゃんと時間を割けば、より良いマジシャンになるのには役立つ。それでも、君の人生を変えることはない。それはただの本にすぎない。

普通のマジシャンがこれを実際にやろうすれば、間違いなく頓挫する。そして、その失意の矛先は大概「この本は実際よりもずっと良い本だと思い込んでしまった」というような形で言い表される。あるいは、「この本が届く前の生活と特に変わらない状態に落ち着いた」とも表現できるだろう。

ある手品掲示板にはこうした失望感を書きつらす輩に、こんな鋭い指摘が投稿されていた。

「何を期待しているのかわからない」

つい最近まで、マジシャンたちは津波の被災者が救援を待ちわびるかのごとく、ホアン・タマリッツの『Mnemonica』の出版を心待ちにしていた。その後、発売延期の知らせが来るやいなや、ある人がこんなことを言っていた。

「マジかよ!ってことは前に買った本を読まなくちゃいけないじゃないか!」

このジョークは真を突いてる。

実際、マジシャンが次の手品本に期待し続けてしまうヒステリーの原因は、自分が前に買った本を読んで勉強するという面倒な仕事を避けるところから来ているのだ。

3. 高揚感

過剰に宣伝された本に対し、”ガッカリさせられた”という話はマジシャンにとって習慣になっている。(正直に言うが、私は「誇大広告」と「過剰宣伝」の区別がついていない。誇大広告は誇張表現の別称のため、どんな誇張表現も結局は誇大広告にすぎないのだろう)

昨今のマジック業界では、インターネットを使ってマジシャンにヒステリックな期待を駆り立てて、市場を動かしている人間がいる。彼らの宣伝文句は大概「△△さんの作品を見て感動しました!」(意味:今から△△さんの作品が発売開始)

それでも、マジシャン界隈で定期的にネクストヒステリーが引き起こされるのは、著者及びショップディーラーの責任だとは思わない。

新しい本が出版されるという噂が少しでも出れば、マジシャンは狂ったようにパソコンに身を乗り出す。今後も新しい本が登場するたびに非現実的な馬鹿げた期待に胸を膨らませるのはマジシャン自身のせいだ。

私は誇大広告という言葉が的を得た表現だとは思わない。誇張した主張を考案者自らが宣伝するのは誇大広告になる。しかし、互いを狂ったように褒め合う行為は誇大広告ではない。それは一緒になってマスをかいてるだけだ。

次のスゴイ手品本を手に入れるのを期待して、毎日メールをチェックしているという話があったとしよう。これには共感できる。私もシリアルの箱に付いた応募券を集めて、プレゼントが届くのをまるで子供のように待ちわびた記憶がある。実際のところ、次の手品本やビデオセットを待ちわびるマジシャンはサンタクロースが来るのを待つ子供とよく似ている。(成長しないことを除けば)

次の手品本が届くのを待っている間に中身を予想したり妄想したりすることが、多くの人にとって中毒になってしまったのだろう。思いつく限りの可能性を想像し、固唾を呑んで期待、そしてマジシャンが本の内容や発売時期についてほとんど知らない場合、リアルにハイな状態になる。

その証拠に新しい手品本の発売情報が滞ると、君は次の手品本への渇望を感じ始める。そしてまた噂が出てくれば、必死になって本の中身を知っている人に声をかける。ハイになるための行動と考えれば、実に悲しいありさまだ。(前に買った本を読み直さないようにする言い訳を探すだけでなく…)

言うなれば、空想にふけるためのネタを探すのに常に何かを欲しているというわけだ。

4. 治療

この声明がマジック業界の方向性を転換できると思っているほど、私はヤワじゃない。マジックに対する態度が深刻な人間が一部にはいるものの、それはマジック界隈の中にずっとあった問題だ。そのため、私はこの状況を楽観的に見ている。今はそれがインターネットの出現によって指数関数的に肥大した群集心理の結果ではないかと考えてるぐらいに。

もし君が「次こそスゴイ手品本に出会えるはず症候群」特有の激しい感情の波に流されたくなければ、1つ忠告しておこう。絶対に最後に買った本を読み終えるまで、新しい本を買わないことだ。(当然と言えば当然だが、もしほとんどのマジシャンがこれを実践していないとわからなければ、私もバカ同然だ)

この忠告に従うには、他の子供と同じように、もしかしたら良い機会を逃すかもしれないという終わりのない恐怖を克服する必要がある。事実、次の手品本を買えば、今抱えている問題を乗り越えられるという保証はないのだ。なぜなら、まだ買っていない本の中身は君の頭の中にしかないから。

もし自分のマジックを進歩させたいなら、まだ持っていない名著に頭を抱えるのは止めて、自分の経験から何かを得ることに目を向けることだ。

それと、もう1つ克服しないといけないことがある。それは次の手品本を今日買わなければ、明日には絶版するかもしれないという恐れについてだ。出版者やショップディーラーもそれなりの理由から謂(いわ)れのない恐怖を助長させている。例えば、ショップサイトに不吉な言い回しで「2、3週間前に発売した本がもう既に売り切れ間近」なんていう注意書きを見たことがあるはずだ。

彼らが君に言っていないことがあるとすれば、出版者はその辺りで再版しようと考えている。

人気の手品本は時々売り切れになってしまうが、初版が売り切れるまで通常1年か2年かかる。その間にも本は何冊も売っているため、また1年か2年すれば、中古市場で手頃な値段で手に入れることができる。そして、そこには多くの“失望した出品者”が手放すのを待っている。

(当初、このような指摘は手品本の中でも売れ筋商品にだけ当てはまっていたが、今では「次のスゴイ手品本」予備軍は至る所に眠っている)

オススメのやり方は他の人が諦めてから数ヶ月後に読むようにすること。もちろん、もしそれを実践したら、「『Mnemonica』に収録された5つのベストトリックは何だと思う?」なんていう会話には入れなくなる。これに関しては、自分で決めざるを得ない。今のマジック仲間とはそりが合わなくなるだろう。

もし自分が真剣にマジシャンとして前進したいと望むなら、これが最善の選択だ。マジックインターネットという集団意識に飲み込まれないようにすることが優れたマジシャンになるための第一歩となる。

これに関連した話として、よく初心者が「オススメのカードマジック本は何ですか?」と質問した際、マジシャンが「カードカレッジの1巻~4巻を揃えろ」と答えているのを耳にすることがある。

これには賛同しかねる。私なら代わりに「1巻だけを買え」とアドバイスする。一通り読み終えたら、おそらく2巻目を読めとは言われないだろう。

全4巻を一度に購入するということは1巻目を読み終える前に2巻目も読むことを実質的に保障している。そして2巻目を読み終える前に3巻目を読み、3巻目を読み終える前に4巻目も読んでしまう。これは順番にかつ最初から最後まで通読することがまず叶わないことを暗示している。綿密に計画されたシリーズ物としては最悪の読み方だ。こうした名著が生涯を通じて入手しにくくなることはほとんどないので、一度に1巻だけ買えば、問題ない。

ここまでの内容を要約すると、本では君の人生は変えられないし、君をもっと良いマジシャンにすることもできないという事実を受け入れることだ。一生懸命に努力してこそ、成果が出る。名著が提供できるのは目的と手段だけだ。

さて、今こそ私も動き出すべきなのかもしれない。自分の問題について考え直してみようかな。そういえば、ステアクレイマー(階段式のランニングマシン)を買って、ひどくガッカリさせられたな。1ヶ月経ったのに、体型は商品が届いた日と全く変わらない。箱から取り出して、組み立てるべきなのかな。

Darwin Ortiz


本稿は元々2005年1月に半年間限定(20ドル)のオンラインサイト「Cogitations」に掲載されたコラムの1つだった。当時、Steven Youellが発起人となって、Andi GladwinやMike Powersらが集い、各々にコラムを掲載。その8ヶ月後、それまでに投稿された全記事と新たに加えた3つの記事が1ヶ月間限定で無料公開された後、サイトは閉鎖された。

翌年、同コラムは奇術雑誌「Magic Magazine」(2006年3月号)に再掲。時は流れて2013年、幾多のマジシャンが自著に収録したコラムをまとめたオムニバス集「Magic In Mind」(無料ダウンロード可)に再び掲載されるに至った。