周知の事実だが、マジックのタネ(特に技法)には著作権がない。
それは小説やダンスのように思想や感情を伝えるものではないからだ。
そのため、我々の業界では、誰がその技法(時に原理)を考え出したのかを明らかにするため、技法名に考案者の名前を冠するのが通例となっている。
例えば、エルムズレイ・カウント、テンカイ・パーム、ヴァーノン・リフト、ホフシンザー・カル、グリーン・アングルセパレーションなどなど…。
ところが、2017年3月22日、マジシャンのふじいあきらは自身のツイッターにて、次のような問いを投げかけた。
「マジシャンのみなさんへ 僕たちがヒューガードトップパームと呼んでいたテクニックはヒューガードのものではないそうです。先日、リチャード・カウフマンが教えてくれました。どこで間違ったのか、、ヒューガードトップパームについて書かれている文書をご存知の方は教えて下さい。」
マジシャンのみなさんへ
僕たちがヒューガードトップパームと呼んでいたテクニックはヒューガードのものではないそうです。
先日リチャード・カウフマンが教えてくれました。
どこで間違ったのか、、ヒューガードトップパームについて書かれている文書をご存知の方は教えて下さい。— ふじいあきら (@fujii_akira) March 23, 2017
ヒューガードトップパームとは、デックを左手で持った状態で、トップカードを親指で横90度にスライド。そして、残りのデックを右手で抜き取り、そのまま左手でカードをパームする方法である。
このツイートの翌日、ヒューガードトップパームの初出文献と思われるジーン・ヒューガード(Jean Hugard)の著書「Expert Card Technique」のトリミング画像とともにあるユーザーが情報提供に名乗りを上げた。
@fujii_akira 『EXPERT CARD TECHNIQUE』には「THE HUGARD TOP PALM」として解説されていますが…… pic.twitter.com/II9HDlKfsK
— サンデー日曜 (@sundaymagician) March 23, 2017
その中には、はっきりと「The Hugard Top Palm」と明記されていた。
その後、ふじいあきらは以下の追加情報をツイート。
「カウフマン氏はヒューガードパームはモリス・ロウィー(Morris Lowey)がヒューガードより先に発表していると、そしてExpert Card Techniqueには多くのミスクレジットがあると言っています。」
カウフマン氏はヒューガードパームはモリス・ロウィー(Morris Lowey)がヒューガードより先に発表していると、そしてExpert card technique には多くのミスクレジットがあると言ってます。
— ふじいあきら (@fujii_akira) March 23, 2017
それから別のユーザーがDenis Behrのデータベース「Denis Behr’s Conjuring Archive」を取り上げ、ヒューガードが1936年に発表した「Card Manipulations No.5」には「The Hugard Palm」と記載されていると指摘した。(ふじいあきら本人もこの情報が実であるかを懸念したツイートを行い、1936年の本がなぜ「The Hugard Top Palm」ではなく、「The Hugard Palm」に止まるのか、また本当にこれが我々の言っている「ヒューガードトップパーム」であるのかは疑問のままとなった)
しかしながら、少なくともこの情報は誤りであると断言することができる。
実は、Denis Behrのデーターベースでは右側の十字ボタン(もしくはCategories)をクリックすると、その作品がどんな技法や原理を使い、またそれがどういった現象に分類されるかを細かく知ることができる。
これによれば、「The Hugard Palm」はカードを使ったパーム技法で、そのうちクラシックパームに分類。右手を想定し、分類上、あくまでボトム・パームだとわかる。
(なお、2段下にある作者不明の「The Spring Palm」にはちゃんと「Right Hand→Top」 があり、分類上、トップパームは存在している)
後にそのことに気づいたのか、ふじいあきらは追記と称して、以下のツイートでその情報を見送っている。
「追記:1936年のヒューガードの本にはヒューガードパームらしき記述が見当たらなかったのでこれをアレと勘違いして広まったかも。モリスは1938年に所謂”ヒューガードパーム”を発表しています。またヒューガードパームが何を指すか関して日本がガラパゴス化してるかもです。」
追記:1936年のヒューガードの本にはヒューガードパームらしき記述が見当たらないのでこれをアレと勘違いして広まったかも。
モリスは1938年に所謂 "ヒューガードパーム" を発表しています。
またヒューガードパームが何を指すかに関して日本がガラパゴス化してるかもです。— ふじいあきら (@fujii_akira) March 24, 2017
さて、ここまでありふれた事実を総ざらいしたところで、そろそろタネ明かしをしよう。
第一に、ヒューガードトップパームはジーン・ヒューガードが考案したものではない。考案者はカウフマンの言うとおり、謎の人物、モリス・ロウィー(Prof. Morris Loewy, 1857~1933)だ。(スペルは「Lowey」でも「Loewy」でも構わないとされているが、これが問題をややこしくさせた感がある。例えば、ツイッターで表記された「Lowey」のスペルでは、Denisのデータベースの検索にひっかからない。というか、Ask Alexanderでも見てみたが、記述としては「Lowey」よりも「Loewy」の方が主流っぽいようだ)
それが書かれているのは1938年に発表されたジョン・ノーザン・ヒルヤード(John Northern Hilliard)による「Greater Magic」の「The Top Card with Left Hand Only」(P.201)というタイトル。
当時はまだ名前が付いていなかったようで、あくまでモリス・ロウィーという人物のとあるアイデアという位置づけだった様。
ここで物的証拠である「Greater Magic」のトリミング画像でも載せたいところだったが、それがどうしても入手できなかった。1938年に発行された本書はアメリカの著作権法である1902年法に乗っ取り、本当なら既に著作権が消失している。ところが、1966年に著作権手続きの更新が行われたため(その後の改正された著作権保護法の影響下もあり)、「Greater Magic」は2033年まで著作権保護の対象となっていることが「The Magic Cafe」の中で語られている。(なお、「Greater Magic」の著者は、実は1935年に急死したものの、発行者であるカール・ジョーンズが3年かけて資料を編纂し、当時1000部限定で発行したそうだ。詳しくはリンクを参照)
私が手に入る文献では、ロベルト・ジョビーの「カード・カレッジ 第3巻」(P.237, 238)の中に「ロウイ・パーム」があるが、載っているのは次のようにマルローの改案に止まり、かつ原案については触れられていない。それでも、左手の親指でカードをスライドさせ、パームする様はヒューガードトップパームと非常に似通っていることがわかる。
このパームは、デックを左手のディーリング・ポジションから右手に移しながら、デックのトップカードをスチールして左手にパームする技法である。考案したのはプロフェッサー・モリス・ロウイ。エドワード・マルローはのちにいくつかの改良点を加えた。
(後述される追記の内容と見比べた後、ここでいう「改良点を加えた」というのは追加事項に過ぎず、本書に載っているのは内容こそが原案であることがわかった。…なんていう面倒くさい言い回してくれてんだ!)
あとはクレジットに「Greater Magic」が載っていれば、物的証拠として双璧を為しえたかもしれないが、本書にはクレジットではなく、あくまで参考文献としての記述しかなかった。
クレジットといえば、「Expert Card Technique」のミスクレジット話は以前に紹介した記事の中でジェイミー・イアン・スイスも同じ指摘をしているのを思い出す。
では、なぜこのアイデアが後にヒューガードトップパームと言われるようになったのか?
時系列で並べると、モリスが死んだのは1933年で、「Greater Magic」が出たのは1938年。そして、2年後の1940年にヒューガードらが言わずと知れた「Expert Card Technique」を自分の名で発表した。
はてさて、これは一体どういうことなのだろう?マジック業界の暗部がもたらした結果なのか、それともヴァーノン・デプス・イリュージョンとマルロー・ティルトの例のように偶然の産物なのか?
これについて「カード・カレッジ 第3巻」の脚注91によれば、「ジーン・ヒューガードはこのパームをExpert Card Technique(Hugard and Braue著, 57頁)で自分が考案したと主張したが、ダイ・ヴァーノンは常々、この技法は何年も前に、ロウイ教授が考案していたと断言していた」とある。
そしてヴァーノンの言葉どおり、ヒューガードの企み?主張?は、現代では一部失敗に終わっている。Denis Behrのデータベースによれば、モリスのトップパームである通称「The Loewy Palm」は1946年に彼の名で再登場を果たし、1984年以降はヒューガードトップパームよりも「The Loewy Palm」と明記する本の方が多い印象だ(2017年3月30日時点)。
長々と考察ぶってしまったが、実のところ、こういう情報はGeniiが運営するマジックのウィキペディア「MagicPedia」に載っていたりする。
Top Palm | MagicPedia
http://geniimagazine.com/magicpedia/Top_Palm
最初からどの本に何が書かれているのかを聞いてくれれば、こんなことにはならなかったのだが、そもそもカウフマンの言及の仕方もおかしい。
電子書籍化すらされていない古書を初出文献として持ち込み、あーだ、こーだと…。
まあ、この辺は日本人特有の真面目さが引き起こした顛末なのだろうが、察しろよ、ディック!!
追記(2017/04/03)
後にリチャード・カウフマンが1994年に製作した「More Greater Magic」を閲覧する機会を得た。これは1000ページある「Greater Magic」に300ページの追加アイデアを加えた大作だ。
それによると、目次の12ページに「The Top Card with Left Hand Only (Prof. Morris Lowey)」を発見。そして、201ページの本文には次のように記されていた。
Hold the pack in the left hand, upright, face outwards, the inner end of the deck in the crotch of the thumb, the thumb on the back, first and second fingers holding the cards at the lower right corner, third and fourth fingers extended. Raise the thumb and press it against the middle of the back of the top card, then press it downwards making the card revolve, until it lies at right angles to the rest of the cards at the lower end of the pack, at the same time straighten out the first and second fingers to receive the card, then close all four fingers on it. The action takes place as the left hand is raised, turned over and moves towards the right hand which grasps the deck and removes it, the left hand then falls naturally to the side with the card palmed. This method is the ideal one for such tricks as the card and pocket book where a card has to be secretly inserted into the breast pocket. In such cases after the right hand has taken the pack, the left hand continues its movement to the right and is dipped into the pocket quite naturally.
左手でデックを垂直かつ外向きに持ち、親指のつけ根にデックの内端をあてる。人差し指と中指をカードの右下の角へあて、薬指と小指は伸ばしておく。親指を起こし、トップカードの真ん中を押し当てる。そのままカードを回転させながら、残りのデックと直角になるまで押し下げる。それと同時に、人差し指と中指でカードを受け止め、4本の指で保持する。この一連の動作は左手を挙げた際に行われ、右手の方に向けていく。そのまま右手でデックを抜き取り、カードをパームした左手は自然に脇へと下ろす。この技法を使う場合、胸ポケットに密かにカードを忍ばせる「Card in Pocket Book*」といった現象が理想的だ。その場合は右手でデックを抜き取った後、左手を右に向かって動きを続け、ごく自然にポケットへ差し込む。
前述の通り、これはヒューガードトップパームと全く同じであり、歴史的に見れば、この技法はジーン・ヒューガードが初めて考案したものではないということがわかった。「Denis Behr’s Conjuring Archive」を参考に考えれば、今後は積極的に「ロウィー/ロウイパーム(Lowey Palm)」と呼ぶべきかもしれない。
* 原文には「card and pocket book」とあるが、正確には「card in pocket book」であり、現象はカードトゥウォレットと同じ。