ダレン・ブラウンの番組を見ていて、特に「スゴイ」「おもしろい」と感じるのはパフォーマンスや番組コーナーの中に実際にあった心理学実験を巧みに紛れ込ませてくることだ。
ダレン・ブラウンなら催眠とか心理的なアプローチを使っていて当然と思うだろうが、私が言いたいのは実際に行われた「実験」を再現しているということに尽きる。
実験① 変化の見落とし
例えば、この動画では、ダレンが街行く人に道を尋ねると、途中で2人の間を縫うように大きな看板を持った作業員たちが横切る。その瞬間、ダレンが看板の後ろにいた人と入れ替わるのだが、相手はそれに気がつかず、そのまま道案内を続けてしまうというもの。
映像では、それが男性から女性へ、白人から黒人へ変わったとしても気づかない様子が映し撮られている。
これを成立させているのは「変化の見落とし/変化盲」(Change Blindness)と呼ばれる知覚現象で、映画を見ている時によく経験しているはずだ。
例えば、映画のミステイクをまとめたサイトなんかがあるが、普通に映画を見ている人からすれば、そんなものは指摘されるまでまず気づかない。
とはいえ、彼もこの変化の見落としを大胆にアレンジしたわけではなく、これには元ネタがある。
1998年にダニエル・シモンズら(Daniel Simons & Daniel Levin)が行った実験だ。
当時の論文によれば、約50%の人が外見や衣服、明らかな声色の違いに気づかなかったことや違いに気づいた人は仕掛け人とほぼ同じ年の学生だけだったことなどが報告されている。
それ以前からも変化の見落としという現象は確認されていたが、実験を行うにしても、画面上に映像を見せるといった心理学実験によくある地味な方法が主に行われていたそう。
その後、似た実験は幾度となく繰り返されており、現在では何かと有名な実験でもある。
なお、ダニエル・シモンズは数年前に一世を風靡した心理学実験「見えないゴリラ」の考案者としても知られている。
実験② 集団の知力
こういった心理学実験はパフォーマンス中でも垣間見られることがある。
次の動画は「Trick or Treat」(S1E4)の一場面。
まず、ダレンはガムで一杯の透明なケースの中にガムが何個入っていると思うか、と20人程度の銀行員たちに尋ね、答えを1つずつホワイトボードに書き込んでいく。
次に、一番近い数字だった人を前に出し、ケースの中に手を突っ込んでもらうと、その中には一番近い数字だった人の外見的特徴などについて詳細に予言されていたことが明らかになる。
最後に、先程ホワイトボードに書き込んだ20数名のランダムともいえる数字の平均を出してみると、なんとケースの中にあったガムの数と見事に一致していたことがわかる。
一番近い数字を言った人を当てたのは明らかにトリックによるものだが、ラストの21人の推測の平均値が当たったのは、実はとある心理学実験が根底に敷かれている。
(メンタルマジックの世界にはよく観客たちが適当に言った数字を足していくと、その数値が事前に予言されていたなんてものがあり、もしかしたら考えなしに案外見落としていた人も多いかもしれない)
おそらく元ネタとなったのはファンナンス分野で知られるジャック・トレイナー(Jack L. Treynor)が1987年に行った実験。
彼は講義の中で瓶の中にお菓子のジェリービーンズが何個あるかを56人の学生らに推測させ、その平均値を算出。
結果はというと、学生らの推測値と実際の誤差は21個に過ぎなかった。しかも、グループの中で正確な推測ができたのはたったの1人のみ。
これは、たとえめちゃくちゃ大きい数字や小さい数字を言ったとしても、平均を出す際にそれらが相殺されるため、正解の数字に近づいていくために起こる。
こうした実験は前述の変化の見落としよろしく、再現実験ともいえる研究が過去に幾度となく行われている。
最初の実験は1906年の秋、偶然生まれた。
チャールズ・ダーウィンのいとこにあたる科学者のフランシス・ゴートンが「優れたごく少数の人間こそが社会を健全に保つことができる」とする優生学の研究に人生を捧げていた頃のこと。
ある日、毎年恒例の食肉の見本市にて、解体されたウシの重量当てコンテストが行われていた。コンテストでは、参加にあたって各人チケットを購入し、その中に氏名・住所・重量の推定値が書き込まれる。そして、一番正解に近かった人が賞品をもらえるという仕組み。
その点で、ゴールトンは能力や関心の程度が全く異なる人々が1票ずつチケットを握りしめる姿を見て、このコンテストも民主主義の構図と基本的には同じだと考えた。
つまり、先見の明がある優れた少数の人々と特別な能力をもたない多く人々が一緒くたにされたとき、優れた人間の決定は愚鈍な者たちによって阻害され、見当外れな結果を招くことを証明しようと考えたわけだ。
コンテスト終了後、ゴールトンは主催者からチケットを回収し、参加者全体(判読不能な13枚のチケットを除き、全部で787枚を採用)の平均値を算出した。
当時、ゴールトンは全く的外れな数値になると期待していたわけが、結果は意外なことに実際の数値が1198ポンドだったのに対し、予測された平均値は1197ポンドだった。
つまり、誤差はたったの1ポンドにとどまった。
これ以外にも、1920年代初頭には複数の学生らに教室の室温を尋ねる同様の実験が行われ、誤差はたったの0.4度しかなかったケースなども報告されている。
これら集合知を巧みに使った実験が成功する秘訣は「意見の多様性」を維持することに尽きる。
言い換えれば、それがいかに突拍子もない答えだったとしても、それぞれに独自の情報が含まれているかどうかがカギだということ。他者の考えに左右されず、影響を受けない状況を作り出すこと。
これは前述の実験に当てはめてみると、わかりやすい。
ゴールトンの実験では、各人がチケットに答えを書き、誰がどんな数を予想しているかがわからない状態だった。これは意見の多様性をもたらす最高の環境だっただろう。
また、ダレン・ブラウンの実験では、1人ひとりがホワイトボードへ向かって書記の女性に直接口頭で伝える方法をとった。これもゴールトンほどではないが、なるべく意見の多様性を生み出しやすい環境を築き、かつラストの現象へとスムーズに繋げられるよう考慮した結果だといえるだろう。
その他の心理学実験
ダレン・ブラウンの番組では、実際の心理学実験であるという事実を明確に視聴者に伝え、そこから伝わる人間の愚かさや恐ろしさにより説得力を持たせている。
例えば、「Trick or Treat」(S2E6)では、スキナー箱を人間に応用して迷信が生まれる原因を諭したり。(厳密には彼の著書「メンタリズムの罠」(P.396-398)の中で、日本人心理学者の小野浩一の1987年論文「人間の迷信行動に関する実験的分析」を基にしていたことが記されている)
また、「Derren Brown: The Experiments」(Remote Control)では、一見、映像の中の男性を懲らしめるドッキリ番組に見えるが、実は個人の意見を匿名化させ、安易に恐ろしい選択に導くよう仕向け(=没個人化)、匿名や集団心理が招く恐ろしさを肌で感じさせている。
多くの人は一般書に書かれていそうな、生活の中で使える心理テクニックに目を通すことでしか心理学を楽しめていないように思う。
確かに、心理学実験というと、ミルグラムやスタンフォード監獄実験のようにモノによっては、あまりに有名過ぎてつまらないと感じることもあるだろう。
だが、以前取り上げた錯視の話にもあるとおり、探せばいくらでも「面白い」と感じられるものがある。出尽くしたから「ない」のではなく、ただ探してないだけかもしれない。
経験上、優れた心理学実験というのは、得てして一歩踏み込んだ大胆な実験が多い。
それこそ見方を変えれば、その辺で放送されているドッキリ番組よりも断然面白い。
古き良きアッシュの同調実験しかり、ロフタスのフォールスメモリーしかり、社会手抜き効果を狙った実験や美人裁判もいい。(集団心理を突いた実験というのは往々にして残酷なものだが)
とはいっても、実際の心理学実験をベースに人間の行動を観察し、我々の本質を突くというのは、日本ではやはり真似のしにくい芸当なのかもしれない。(イギリスはこういうブラックなものが好まれるっていうのも大きいだろう)
どうせ日本でやったとしても、結局お笑いにシフトして、いつもの通り、似たり寄ったりの番組構成に終始するんだろうが。昔やってたロンドンハーツのように見ず知らずの一般人を標的に、ブラックに攻め込んでほしいものだ。