マジックが日々進化を続ける中で時折、加工された実演動画さえも、それに混じって人々の注目を集めることがある。
マジックに関して多分な知識がある人間といえど、映像制作の知識までカバーしている者は中々いない。そのため、専門家でさえ、どうしても技術的に可能かどうかで議論を進めてしまう傾向にある。
そんな中、SNSでバズった怪しいスゴ技動画を検証するネット番組「Captain Disillusion」がオーディション番組での反響を機に、ついにウィル・サイのマジックにメスを入れた。
「Captain Disillusion」とは、VFX(視覚効果)の専門家でもあるAlan Melikdjanianが映像加工の知識をフルで活かし、その裏側をわかりやすく、解き明かしてくれる番組。
Quick D: The Magic of Will Tsai | YouTube
今回のテーマはマジックだが、これにはクロースアップ、ステージ、動物もの、そしてカメラトリックの4種類あると思う。
2017年5月、オーディション番組「America’s Got Talent」に出演したある若い男性パフォーマーによる斬新なコインマトリックスに審査員一同があっけにとられる事案が発生。
最初はごく普通のコインマトリックスだったものの、途端に次から次へとコインが瞬間移動し、最後にはコインが一瞬でバラの花びらに変わるまでに。
さて、彼は一体どうやってみせたのだろう?マジックといえば、そこには必ず種明かしがある。でも、マジックは秘密を知ってしまったら、楽しめなくなってしまう。
まるで、これは映画がどう作られているのかを明かすのに似ている。映画や動画の製作過程を明かしてしまうと、それまでの面白さが簡単に損なわれる危険があるんだ。
例えば、ペン&テラーがカップアンドボールを透明なカップで演じた際にはマジック産業を危険にさらした。
そして少なからず、彼らの今後も心配だったりする。
ってことで、僕はこの場でトリックを明かそうとは思わない。テーブルが変に分厚いとか、マジシャンの右足が不自然に隠れてるとか、4枚のコインがなぜかいつも同じ場所から出てくるとか一切口にするつもりはない。
ただ1つだけ僕に言えることがあるとすれば、「彼は一体何者なのか?」ということだ。
彼の名前はウィル・サイ。YouTubeでこの名前を検索すれば、今回のオーディション映像のような不思議なマジックがいくつも見られる。
以前、これらの動画について掲示板サイトのRedditユーザーがタネ明かしに挑むも、これといってめぼしい答えにありつくことはできなかった。
ウィル・サイの動画はまるでインタグラムでいう「Magic Vine」のように見ていて楽しく、ただただ不思議にさせられる。Magic Vineとは、デジタル処理を施した映像マジックのことで、スライハンドでは実現不可能な現象を再現することができる。
普通に人生を送っていれば知る由もないことだと思うが、マジック産業にはそれ相応のコミュニティがある。そこでは、あなたの知らない専門の通販サイトでマジックの手順やそれに使う様々なギミックが売り買いされている。
一方、サイはマジックメーカー「SansMinds」の専属プロデューサーとして、ビジュアルを重視した商品をデザインしている。
ちなみに、この会社は以前にマジックショップ「World Magic Shop」と製品の権利問題でいざこざがあったところでもある。詳細は省くが、怒りを綴ったメールに声明文の発表やビデオチャットなど、とにかく「倫理的」という言葉が幾度となく飛び交っていた。
でも、ここで不思議に思ったことがある。視覚効果を使った動画をアップするような人間が、マジックメーカーのデザイナーとして仕事をすることは果たして「倫理的に」許されるのだろうか?
そういや、言い忘れてたけど、彼のマジック動画には普通に映像加工が使われてるよ!
現に、発売されている商品動画以外に、彼の実演動画には商品として発売されているものは1つも見つけることはできなかった。
ってことで、これはもはや僕の専門ってことだ!マジックじゃないんだから、映像加工の裏側を紐解いても全く問題はない。
彼のYouTubeチャンネルにアップされている動画は全て身近なモノを使って、見た目を変えたり、何かを消したりするものばかり。
これらの動画はすべてリグの除去ツールを使って、落ちたコインやそれを戻す手、膝に落ちるカード、ペンと交差するお札、テーブルの上で回転し続けるコインなどを消し去ることができる。
これは非常にクリアに再現できて、背景や服装を再構成した部分にはごくわずかな痕跡が残るくらい。
例えば、ベストの形がわずかに変わったり、
それまで変化のなかったビーズが一時的に反射したり。
さらには、手を交差させた際に手の影が急に消えたり。この場合、手を交差させる映像とコインをスピンさせる映像を別々に撮っていたため、後にそれを合成させると、テーブルに映るはずの影に不一致が生じるからだ。
ということで、彼はマジシャンとしてのスキルは使っておらず、全ては映像ソフトの機能を活かして、魅惑的な現象を作り出していたというわけ。
もっといえば、彼は最初から自分のことを”マジシャン”とは名乗っていなかった。どうやら、”ビジュアリスト(?)”と言っている様…。
しかしながら、まだ問題は残ってる。彼が視覚効果を多用する人間だとするなら、どうやって生のステージで審査員一同の目を欺くことができたのか?
その答えはブラックライトシアターで使われる舞台技法が全てを物語ってくれる。例えば、黒をバックにしたとき、人やモノの一部を黒で覆うと、色が被ってその部分だけ見えなくさせることができる。
つまり、何らかの方法で機械的にコインをマットの色と同化させれば、コインを消したり、また現れたりなんていうこともできるし、同じように上下を瞬時に入れ替えれば、コインを花びらに変えることもできる。
その証拠に彼が着るTシャツや髪の色、テーブルマットに至るまでその全てが黒に統一されていた。
また、詳しく見てみると、4つ目のコインが出現した際、テーブルがわずかに揺れ、コインが花びらに変わったときにはテーブルどころか、コインさえもわずかに浮いているようにも見える…。
あれ?ちょっと待てよ。ライブパフォーマンスを競うような番組で、この種のステージって取り入れていいものなのか?
いやでも、まあいいか。リアリティーショーなんて結局は作り物なんだし。視聴者が望むんなら、何でもするべきだろう。
けれど、僕らには選択肢があると思う。巧みな道具や一生を通じて磨き上げてきた技術を、本物の、目に見える”マジック”として受け取るか、あるいは油断のならない見かけ倒しの”手品”としてそっぽを向くのか…。
もしこれが本当ならば、冒頭で指摘したとおり、マジック好きの人間は今後映像加工の知識も仕入れ、それが技術的に可能かどうか以外の方法で、その真偽を見極めなくてはならない。
ポジティブな見方をすれば、デジタル技術の発展以前に、マジックも日々進化しているばかりにあらゆる現象を目の前にしても、(それまでの実績ゆえに)それが可能であると無批判に信じてしまう傾向にあるのかもしれない。
まあ、どんな問題であれ、何かを理解するためにはそれを一端信じる必要がある。だから、もはや致し方ない話でもあるが。
煙に巻かれ、その過程を楽しむのもまたマジックの本分だといえば、、、いや…これはもう詭弁だな(笑)