色々な人のマジックを見ていると、皆決まって「ある法則」に従ってマジックをしていることに気づく。
その法則とは、少しずつ演者にとって不利な状況を作り出すこと。
「では、もう少し難しくしてみましょう」
そんな言葉を度々聞いたことがあるはずだ。
カードでもコインでも、ありとあらゆるマジックにおいて、この法則は普遍的に皆共通している。
まるで、神話学における「Hero’s Journey」(=英雄の旅)のように。
だが、この大原則といってもいい理論について書かれた本はなぜか見当たらない。
きっとどっかのマニアならば、この古き良き原則の初出文献について何か知っているのかもしれないが、私が言いたいのはそういうことじゃない。
私が疑問に思うのはそれについて触れられた媒体(本やDVD等)がその辺を見渡しても、なぜか見当たらないということだ。
ほとんどこのパブリックドメインといってもいい概念はすぐその辺に落ちていてもおかしくないはずなのに。
多くの人はきっと様々なマジックに触れることで、感覚的に初めてそんな原則があることに気づく。
(あるいは、最初はどこかのマジシャンがそういう見せ方をやっていることを知り、それをマネしようというのが発端で、今ではそれについて何の疑問も持たなくなったという人の方が大多数かもしれない)
こういう当たり前と言われても仕方のないような理論、原則は他にももっとあるように思う。
当たり前すぎて、「言葉で説明しなくてもわかるでしょ?」と言わんばかりの原則がまだ何かあると思うんだ…。
そう、例えば、観客に対して適切に指示を伝えたい場合の手続きとか。
観客に何かをしてほしいとき、日常生活の延長線上としてそのまま頼んでも、相手はそれをうまく理解してくれないことがある。
その場合、何がいけなかったのか?もっと細かく言及すべきだったかな?
いや、考えられる問題は言葉だけで指示している点にあるだろう。
次の動画を見てみてほしい。
これは「サイコキネティック・タッチ」の演技動画。
サイコキネティック・タッチとは、例えば演者が観客Aの肩に触れると、感覚が連動し、観客Bも肩を触れられたと感じる現象のこと。
動画の中で、演者は白のパーカーを着た女性に目を閉じてもらい(=観客B)、彼女に気づかれずにメガネの女性(=観客A)に体を横に向けてほしいと願い出る。このとき、演者は少量の言葉で、しかもサイコキネティック・タッチの演出上、相手の体に触れずにそのことを伝えなくてはならない。
そこで、演者は自分も同じ動きをして見本にすることで、すんなりと理解を促していることがわかる。
このような方法は指示の仕方、行動の促し方はマジックに限らず、誰しも生活の中で日々使っている。
例えば、診察室で医者が患者のバレー徴候(=脳梗塞などがあるかどうかを調べる方法)を診たいとき、単に「両手を前に出してください」とは言わない。
診察するときは必ず自身も両手を前に出して「こうやって手のひらを上にして腕を前に出してください」と自発的な行動を促す。
スーツを仕立てるときだってそうだ。メジャーを首にかけた仕立て屋は相手の胸囲を測る際、お客さんの手をいきなり掴み、強制的に両腕を横にするよう仕向けたりはしない。こちらもまず自らが手本を見せることで、能動的行動を促し、(相手の手に触れないことによって)不快感を極力なくす。
催眠術でも同じことがいえる。
筋弛緩法を相手にやらせるとき、言葉だけで説明するのはよろしくない。自らも彼/彼女に(まるでゲームのように)張り合うように手にギュっと力を入れては脱力を繰り返し、身体をリラックスさせることができる。
一見、こうした方法は「ホスピタリティ」という観点から考えれば、至極当たり前の「手続き」ではあるのだが、手順によってはやらなくても大丈夫だろうと考えてしまうことがある。きっとホスピタリティの必要性を観客主体で考えていないからなのだろう。
さて、こういった手続きは行動を促すという目的以外にトリックとしても有益な武器となってくれることがある。
次の動画を見てみてほしい。
これはメモライズドデックを使ったダーウィン・オルティーズ(Darwin Ortiz)の演技動画。
(こちらはVanishinginc.からダウンロード商品「Darwin Ortiz on the Memorized Deck」として発売されている)
動画の中には「Test Your Luck」と「Card Sense」の2作品が収録されているが、今回は後者をピックアップしたい。
まず、デックを4つのパケットに分ける。
次に、演者と観客の1人がそれぞれ1つずつパケットを持つ。
そして、演者はパケットのボトムを誰にも見られないように胸で抱えてこっそり見るよう観客に指示する。
このとき、演者は観客に配慮するかのように上記で述べた手続きを踏んでいる。だが、実はこれ自体が1つのトリックで、このとき手に持ったパケットのトップ(もしくはボトム)を観衆たちが見守る中、演者は堂々とグリンプスしている。
変な理由づけもせずに積極的に演者側からアクションを起こすことができるという点で、このアプローチは非常に有用だ。それでいて、これ自体が1つのコミュニケーションとしての機能を担ってくれる。
こうした方法論はマジックの分野で、どういった名前が付けられているのか全く知らないが、マジックの種類によってはグリンプス以外にも様々な意図を現象の背後に盛り込むことができるだろう。
最後に、記憶が不確かだが、どこかの尊敬されてやまないプロたちの多くはよく「他のマジシャンたちの演技を見ろ!そして、学べ」と言う。巷では、TEDトークのプレゼンターたちのテクニックを体系的に分析した本が出回っている。往年のスターたちの演技動画は動画サイトに腐るほど落ちているのは周知の事実だ。
そう考えると、それと同じような手品本があってもいいと思うのは私だけだろうか?