結論から言おう。今年の「アメリカズ・ゴットタレント」において、マジシャン勢は全滅した。前回や前々回と違って、誰一人ファイナリストに上り詰めることなく、総勢13人のマジシャンたちが散ったのだ。
ちなみに、全米から5200万票の投票の末、今回優勝を勝ち取ったのは12才の歌う腹話術少女、ダーシ・リン(Darci Lynne)だった。
彼女はオーディションウィークでゴールデンブザーを獲得し、ずっと優勝候補として注目されていた人物。日本でも彼女の出演映像がSNSで拡散され、見覚えがある人もいるかもしれない。
優勝者は他国のゴットタレントシリーズとは桁違いの優勝賞金である1万ドルを手にし、11月にはラスベガスでショーをする権利が与えられる。
注目度の高かったマジシャンたちの末路
さて、輝かしい勝者の話はこれくらいにして、13人の精鋭部隊のうち、注目度が高かったはずのマジシャン5人をここでピックアップしてみよう。
ウィル・サイ(Will Tsai)/Judge Cut敗退
演技動画が40時間で4000万回を超え、審査員に今シーズン最高のマジシャンだと太鼓判を押されたウィル・サイ。彼が魅せたコインマトリックスについては、国内外のマジック界隈でも論争を巻き起こした。
ところが、あれだけ色々騒がれたのに、それ以降は全く取り上げられていない。
それはなぜか?
Visualist Will Tsai: Magician Makes Pet Fish Reappear – America’s Got Talent 2017 | YouTube
動画を見てお分かりのとおり、まさかのちっこい魚のペットがボウルに出現するというシュールかつパッとしない現象…。
そりゃあ、最初に見たときは1つひとつのエフェクトがどうなっているのか不思議に思ったけど、それと同時に物足りなさも感じてしまった。もっとできたはずなんじゃないかと。
当初、あれだけスピーディーかつ革新的なイメージを植え付けたくせに、マジシャンではなく、あえてビジュアリストと名乗っていたくせにだ、そうしたイメージを一切活かさず、それをあっけなく殺してしまった。自身共々にね。
そこで思ったことがある。
何かマジックを見せて、大きな反響があったとする。「君のマジック面白いね」と。
だが、ここでいう「君のマジック面白い」とは、君のそういう系統のマジック面白いなのか、君がやるマジックならきっとなんでもという意味なのか。
その意味は見る内容によって毎回違うと思う。
特に「君のやるマジックならなんでも~」には確実にその人物のキャラクターを見せられてのことだ。
でも、彼の場合、その辺に歩いていてもおかしくないパッとしないアジア人だったのがイメージの形成に明らかな偏り(その人のマジックではなくそういう現象に注目)が行ってしまったのではないかと考えさせられる。
オーディション番組では、回を追うごとによく期待外れの肩透かしを目の当たりにすることがある。それはその人物がただやりたいものをやっていたせいなのか、それとも先程の2つの意味を取り違えて解釈してしまったものなのか。
どちらにせよ、ただただ残念だ。
トニー&ジョーダン(Tony and Jordan)/Judge Cut敗退
最初は大型スクリーンを活かしたデジタルマジックでオーディションを一時通過したものの、次のステージ(Judge Cut)ではあえなくリタイアする結果に。
それもなぜか公式チャンネルで演技のフルバージョンがアップされることはなく、その詳細を確認できないまま幕を閉じてしまった。
デミアン・アディティア(Demian Aditya)/準々決勝敗退
日本では全く注目されていなかったが、YouTubeの公式チャンネルによると、実は今年最も再生回数を稼いだマジシャンがこのデミアン・アディティアだそうだ。
なぜ彼の動画がそんなに再生回数を伸ばせたのかは全くわからない。単にタネを見破ろうとして何度も繰り返し見たせいなのか、あるいはインドネシア人として本国にいる彼のファンたちがそれを後押ししたせいのか。(そこから「おや?こんなに再生されてる!」と見た無関係の人々が飛びついたからなのか)
何にせよ、あのパフォーマンスで準々決勝まで進めた意味がわからない。
彼の肩書きは一応エスケープ・アーティスト(=脱出の名手)で、それだけ聞くとデビット・ブレインのようなスタント系の人かなとも思えるが、彼はそれ以下だ。
スタント系によくあるギリギリのところで命拾いするとかでもなく、完全に脱出不能と思われたところから、気づいたら姿を消し、彼を見守る観客席から颯爽と現れる…。何か物凄い違和感を感じてならない。
実際に番組をフルで見ていないせいなのか。モノを純粋に見られなくなってしまっているのか…。
そんなとき、準々決勝で思わぬアクシデントが起きた。舞台装置が途中で止まり、まさかの失敗に終わるという結末に。
そこで怪我の1つでもしていれば良かったものを、やはりスタント系のものとして見せていないためか、審査員たちの背後からまたもや颯爽と姿を現すデミアン。それを見た審査員からは失望感漂うブザーが鳴らされていた。
コリン・クラウド(Colin Cloud)/準決勝敗退
名前の語感からどこかで聞き覚えがあると感じた人もいるかもしれない。彼は一時期、コリン・マクラウド(Colin Mcleod)という名で活動していたイギリス出身のメンタリストと同一人物だ。
(今ではヒゲをたくわえ、以前の面影なんて完全に消え失せてるけど)
日本では、Mcleod時代に発売されたDVDセット「オープニング・マインズ」として記憶されていることと思う。そこに収録された「Bookless Test」は日本のテレビでも演じられたこともある。
彼はある時を境に、肩書きを「Forensic Mind Reader」に改めた。これは実際に彼がプロファイリングに特化した科学捜査の学士号を持っていることや海外ドラマ「SHERLOCK」の人気に乗じて、それが幾分ハマったのだ。
オーディションでは、いかにもドラマ版のシャーロックがやりそうな見た目で相手の職業を言い当てたり、スマホのパスワードを当てたりしている。無論、回を追うごとにシャーロックっぽさは薄れ、予言や誘導系の演出にシフトしていったが、それはご愛嬌。
Colin Cloud: Real Life Sherlock Holmes Reads Minds – America’s Got Talent 2017 | YouTube
エリック・ジョーンズ(Eric Jones)/準決勝敗退
今回、多種多様なマジシャンたちがいる中で、ひたむきに正攻法で挑み続けていた人物だと思う。
個人的にコインマジックの印象が強かったが、オーディションウィーク以降、その手のマジックは見納めって感じだった。(公式チャンネルでも30秒バージョンしか公開されていない)
そしてやっと準決勝でコインマジックが再び姿を現すも、ステージを変える必要がないほど、実にこじんまりとした見せ方に収まっていたのには驚かされた。「今、準決勝だけど、それでいいの?それで終わらせていいの?」って感じで。
Eric Jones: Magician Amazes Audiences With Coin Tricks – America’s Got Talent 2017 | YouTube
当然ながら、ゴットタレントに出演するパフォーマーには大きく分けて2種類いると思う。
プロモーションの一環として行う人と本気で優勝を狙いに行く人間だ。
本当はその両方が望ましいのだが、歌手やダンサー、その他のパフォーマンスと一緒くたにされた状態でマジックだけを武器に生き残るのは相当過酷だ。他に何かプラスαの要素がない限りは。
それを考えると、自身のプロモーションとして、出演してやろう、何かしらの爪痕を残してやろうと思うのは悪い話じゃない。
それに演技後、YouTubeやFacebookに動画が乗っけられる場合、相当なミスがない限りは、審査員からのコメントはカットされる。自己紹介の部分さえも時折そうだ。
彼がどういうつもりだったのかはわからない。カッコよかったとは思うが。
だが、他の挑戦者たちのパフォーマンスと見比べて、どうのってなるとやはり厳しくなる。歌手、歌手、歌手、歌う腹話術、大道芸、マジックの中から3人を選ぶんだから、パフォーマー枠で1人選ばれたのがあのダーシ・リンだとするなら、仕方のない話だったのかもしれない。