【暴かれるFISMの闇】ずさんな隠蔽体質が生んだ裏ルールの存在


FISMとは、3年に1度開催されるマジックの国際大会であり、全世界49ヶ国と97の団体が加盟する最大規模の大会として知られている。

FISMでは、まず北アメリカやヨーロッパ、アジアなど大陸別の国内予選を勝ち抜くことで、本戦への出場権が得られる仕組みとなっている。

2017年11月上旬、そのアジア大会となる、通称「FISM ACM」が岐阜県で開催された。

かねてから協賛を募り、活動を行っていたクロースアップ部門の日本代表チーム「MAGIC JAPAN」も5人中3人の出場が決定したなど盛り上がりを見せていたのも記憶に新しい。

結果は以下の通り。

グランプリ〈クロースアップ〉

該当者なし

クロースアップ〈パーラー〉

1位:該当なし
2位:CHOI ONE/韓国
3位:高重 翔/日本

クロースアップ〈マイクロ マジック〉

1位:DK/韓国
2位:ERIC CHIEN/台湾
3位:ジョニオ/日本

クロースアップ〈カードマジック〉

1位:該当なし
2位:野島伸幸/日本
3位:TSAI TZU-TUNG/台湾

グランプリ〈ステージ〉

該当者なし

ステージ〈マニュピレーション〉

1位:AN HALIM/韓国
2位:JEONG MIN KYU/韓国
3位:YUKI/日本

ステージ〈ジェネラル マジック〉

1位:READ CHANG/韓国
2位:CY/韓国
3位:HAN MANHO/韓国

ステージ〈コメディマジック〉

1位:該当なし
2位:該当なし
3位:該当なし

見てのとおり、今大会では、なぜかクロースアップ・カード部門及びパーラー部門の両部門において、第1位が「該当者なし」、またクロースアップ及びステージともに各部門のグランプリ受賞者が「該当者なし」という釈然としない形で幕を閉じた。

これにはSNSでも疑問の声が上がっていた。第1位に「該当者なし」とはどういうルールなのか、と。

気になった私は、FISMの公式ルールを読み直し、関係者に話を聞き、FISMの歴史について一から調べ直してみた。そのうち、FISMの歴史に詳しいKさん(仮名)と知り合い、匿名を条件にインタビューを試みた。

すると、FISMには(国際大会特有の)闇や裏ルールの存在を知った。

今回はそれらの情報をもとに、FISMにはびこる隠蔽体質を明らかにしていきたい。

裏ルール1:配点の内訳

FISMの公式ルールによれば、審査基準には6つの項目(技術・ハンドリング、ショーマンシップ・プレゼンテーション、エンターテインメント性、芸術を意識した手順構成、オリジナリティー、不思議さ)が設けられており、審査後、各スコアを回収し、スタッフがその平均点を算出することとなっている。

しかし、冷静に考えてみると、100点満点で採点した場合、審査基準が6つでは綺麗には割り切れない。

その内訳について、公式ルールでは一切触れられていなかったが、今大会の審査員を務めたJCMA(日本クロースアップマジシャンズ協会)の田代会長は自身のFacebookで次のように明かしている。

驚くなかれ、肝となる配点は、実は上限が設定されていない。もちろん、たとえオリジナリティが飛び抜けて優れていようとも、点数としてはそれが全体の過半数を占めることは表向き起きないようだ。

FISMに詳しいKさんの話によれば、「普通は審査員の中から一番高い点数を付けた人と低い点数をつけた人を除いてその平均を取るのですが、今大会では、審査員が5人しかいなかったので、全員の平均となりました」と語っている。

だが、個々の上限や評価がまちまちな採点方法から平均点を算出しようだなんて、若干の違和感を禁じ得ない。

(追記:12月29日に公開されたSpeakersの動画によれば、FISMアジアの現事務局長を務める山本悟が「そのシステムには審査員の育成をかねていた」ことがわかっている)

問題なのは、こうした事実が公式ページ等で明かされていないことだ。

もしそこにある程度の公正さがあるのだとしたら、スコアを公表する際に、同時にその内訳も公表すべきだと思う。今大会に至っては、合計スコアすら省略されてるけど)

そこに何か障害があるとすれば、政治的背景か怠慢ぐらいだろう。

裏ルール2:絶対評価の壁

FISMでは、第1位、第2位、第3位の受賞条件としてそれぞれ最低ラインが設定されている。第1位は80点以上、第2位は70点以上、第3位は60点以上、入賞は50点以上、なおそれ以下は失格と定められている。

アジア大会でいえば、クロースアップのカード部門とパーラー部門にそれぞれ第1位が「該当者なし」だったのは、80点以上を取った者がいなかったために起こった。

しかし、この合計点数が順位に直結するという仕組みには問題がある。

例えば、合計点数が80点を上回る場合、システム上、それは第1位の演技にふさわしいものだったことを意味している。

仮に各審査基準を厳正に評価し、その合計点数が80点を上回ったとしても、彼/彼女が第1位にふさわしいかどうかを考えた時、心理的にどこか制限がかかってしまうのではないかということだ。

これは逆もまたしかりで、「彼が1位にふさわしい!」「彼女を1位にしたい!」と思えば、おのずと絶対評価から相対評価へと思考が変わる。しかも、配点に上限がないのだとしたら、尚更だろう。

無論、これが審査基準の1つである「不思議さ(マジカルアトモスフィア)」に配点されるとしたら、こちらは何も言えないが。

2015年のイタリア大会では、合計スコアを小数点第2位まで求めていながら、カード部門では台湾のホレット・ウーとカナダのシン・リムがどちらも奇跡的に83.00で同率1位を果たしている

これについてKさんは信憑が低いと前置きをした上で、その理由を次のように語った。

「実のところ、ホレットは本当は2位だったけど、調整の結果、同点1位になったという噂もあります。当時のイタリア大会では、FISMのスポンサーが次々に降りるという非常事態が起こっていました。そこでテレビ局がスポンサーとして名乗りを上げたのですが、大会はテレビ優先のものとなってしまったのです。つまり、国際色を出すためにアジア人を受賞させろと。スポンサーからの圧力だと言われれば、納得できますね」

裏ルール3:グランプリ受賞者が不在だったワケ

FISMの公式ルールの7-k項によれば、「ステージとクロースアップの両部門の第1位受賞者には第2段階の審査を受ける資格が与えられる。審査員は7-b項で述べた基準に基づき、審査を行う。演技後、審査員は競技者たちを望ましい順にリストアップする。第1位はnポイントを獲得。ここでいう『nポイント』とは、競技者の人数の合計を指している。第2位はn-1ポイント、第3位はn-2ポイントといったように。スタッフは各競技者のポイントを合計し、トータルで最も高かった競技者がグランプリに選出される」と記載されている。

言い換えれば、ステージとクロースアップの両部門に第1位が1人でもいれば、自動的にグランプリが選出される仕組みになっているとも読める。

だが、前述で明かした裏ルール1と2を読んでお気づきのとおり、もはや公式ルールなんて当てにはならない。

そこで関係者に話を聞いたところ、アジア大会ではグランプリの受賞者は元々85点以上に達していなければ、グランプリは授与されないことがわかった。これはアジアやヨーロッパなどの大陸別の大会で採用されている独自ルールらしい。

FISMヨーロッパの公式ルールにはグランプリの選出基準は得点が最も高い者となっているが、過去のスコアを確認する限り、一応85点以上をマークしているようだ)

よって、今回の第1位受賞者の数を考えれば、確率的にグランプリが選出されたなかった理由も頷ける。

しかしながら、今回、現地にいた一般参加者を含め、当の競技者たちはその事実を知らされていないことが改めてわかった。審査員たちは公式ルールに乗っ取っていると主張しているようだが、参加者に周知されてないルールなど、ルールではない。

非常にバカバカしい限りだ。

マジックはスポーツ大会のように誰でも客観的に評価できるとは言い切れない部分が多々ある。そうした競技ないしコンテストでは、審査員に対する不信感は付き物だと思う。

だからこそ、評価の不透明さを和らげるために、また公正さを印象付けるために審査方法やルールの内容を周知させるべきだと思う。

大会の規模が大きくなるにつれて、自然と公正さが増すものとばかり思っていた。

でも、違っていた。規模が大きくなればなるほど、そこには国際問題が複雑に絡んでくる。政治が入ってくる。差別意識もまたしかり。

FISMの闇~差別意識~

FISMは元々ヨーロッパ大会として始まり、参加国が増えるにつれ、その規模から世界大会として枠を広げようとしたのが発端だった。それゆえ、当初、形だけの世界大会にはアジア人差別とも呼べる弊害が多々見られた。

例えば、1982年のローザンヌ大会では、マニピュレーション部門に出場した日本の真田豊実に特別賞が与えられている。表向き「日本はFISM参加国ではないから」という理由だとされているが、1979年の前回大会で彼はマニピュレーション部門で2位タイに入賞しており、整合がつかないと騒がれた。

一説には、点数的にはグランプリになってしまうため、特別賞を与えたのではないかと言われている。

似たことはそれ以前にもあった。1976年、北朝鮮から参加したイリュージョン部門のKim Tak Songも「(当時)北朝鮮がFISM参加国ではなかったから」という理由で部門賞ではなく、特別賞に追いやられている。

Kさんは語る。「昔は、アジア人は-5点くらい厳しく採点されていると思いますが(ナポレオンズの話も有名ですね)、アジア人差別は2012年あたりから目に見えて改善されたように思います」

マジックランドが公開している「ボナ植木 Part3」では、彼がナポレオンズとしてFISMに出場した際の裏話やその当時(?)の異様な雰囲気について語られている。

Speakers:ボナ植木 Part 3 | YouTube

要約すると、1988年のハーグ大会でイリュージョン部門に出場したところ、点数的には1位だったが、演目の1つに難癖をつけられて「それをやらなければ、3位をやる」と言われ、渋々了解。結果、1位は例のごとく「該当者なし」だったという。

差別意識はヨーロッパ人がアジア人に対して向けるものだけでなく、国際大会ゆえにアジア人同士でも根強く反映される。

今年のアジア大会についてKさんは次のように明かした。

「クロースアップについてはある程度の公正だったと思いますが、ステージは闇を感じますね。ステージは台湾の選手全員予選落ちで、日本の選手全員本選行きですから。責任者の一人のアルバート・タムが台湾人を差別するので、権力を行使したのではと話題になっています」

――――アルバート・タム(Albert Tam)って香港出身のFISMの公式審査員ですよね。そんなことあるんですか?

「2014年のアジア大会の時も(彼は)運営に関わっていましたが、こんな感じで国旗と出場者が載っていたんです。ですが、その後に刷り直したチラシを見ると国旗が消えています」

2014 FISM ASIA Championship of Magic in Korea | Photo | Facebook 

「これはアルバート・タムが『台湾人の国旗を中国の国旗に変えろ』と命令したためです。デザイナーは悩みに悩んだ結果、国旗をすべて消しました」

FISMアジアの惨事~蝶騒動~

岐阜県で開催された今回のアジア大会では、ある事件が起きた。

11月4日、ステージのジェネラル部門に出場した中国のLi Fu Guoが演技の最中に数十匹の蝶を飛ばしたときのことだ。

参加者の証言によると、客席は騒然となり、演技終了後も「あれは本物だったのか?」と騒ぎになった。そんな中、客席から「捕まえたぞー!」と声が上がり、向かってみると、参加者の1人が本物の生きた蝶を捕まえていた。

これには運営側も把握しておらず、会場中が大騒ぎになったとのこと。

本来、競技者は事前にその演技内容について事細かに書類で提出することが決まっている。今回の場合、ビデオ審査の時点で蝶が使われていたものの、運営側は「蝶を出さなければ、出場してよい」と返答していたそうだ。

つまり、彼は空港の審査を受けずに無許可で外来種を日本に持ち込んだということになる。

屋内に放たれた蝶が全て回収されたのかどうかは不明だが、許可なく特定外来種を放った場合、罰則規定は重い。そして結果的に、彼がどのような処分を受けたのかもわからない。

なぜなら、運営側は今回の一件を一切公表していないからだ。

特に問題視していないのか、再発防止については次の開催国の運営者に委ねるつもりなのか。

マジシャンのモラルの低さに関しては、JCMAの田代会長がFacebookで指摘したとおり、会場で使われる音楽の著作権問題でも引っかかったそうだ。

これはアジア大会が日本で何年かぶりに行われたがゆえの結果なのかはわからない。

だが、問題を内々に処理してしまえばいいというそのスタンスには感銘を受ける。

その秘密結社ばりの一貫性があったからこそ、裏ルールと揶揄されてもおかしくない現状が生まれただと、はっきりと理解できるぐらいに。

最後に

これを読んでいる人はきっと今回の問題について、まるで他人事のように思っているかもしれない。

「FISM?いや、どうせマジックなんてそんなもんでしょ(笑)」

正直にいえば、私も同じだ。私は競技者としてFISMに出場したこともなければ、FISMの演技をほとんど見たこともない。その点で私はただの素人だ。

でも、今回ばっかりは本当にがっかりさせられた。

規模が大きければ、それだけ当然名誉なことだと。より名誉な大会なら、運営体制もそれだけちゃんとしていると勝手に思い込んでいたのが悪いのだろう。

結局のところ、マジックに触れたことがある人なら誰しも経験のある教訓「マジックなんてどこも変わらない」「マジックなんてそんなもんだろ」という現実が、今回も突き刺さったに過ぎないということか。

唯一の救いは、「Speakers」にてFISMアジアの現事務局長である山本悟が、今大会について希望の持てる内情を明かしたこと。

審査員の査定を実施したことや各審査員の点数を公表すべきなど、今後改革が行われていくご様子。

Speakers 山本悟 Part 3 | YouTube

はてさて、いまだに申し込み方法がFAXのみなどという前時代的な運営に今後変革が起きうるのか。それとも、例の教訓を盾に身構えておくべきなのか。

いずれにせよ、そんな誰も覚えてない3年後の予言ではなく、今この瞬間から目に見える形で行動を起こしてほしいものだ。