北原禎人の3冊目のレクチャーノート「レモン(LEMON)」のレビューを始める。
まず、最初に言っておかなければならないことがある。「LEMON」と書かれた商品画像はただのイメージ画像に過ぎない。実際の表紙はコレ。
拡大したのがコレ。規則性のない数字同士が永遠と敷き詰め合っていて、レモン感は一切ない。
前作を手に取った人なら知っていると思うが、レクチャーノートの大きさはA4の紙を横向きにしたのと同じサイズ。言ってみれば、DVD2枚分より大きい。
開き方は案の定、漢字ドリルのような形で、アート系のポートフォリオとかもこんな体裁だった気が・・・。ノートのユニークな体裁から早速異端さをアピールしているつもりなのか。本書は右側のページだけ印刷された片面印刷となっており、商品説明文にある全70ページは実質35ページと解釈するべきだろう。「HUMINT(ヒューミント)」の中で語られていたが、片面印刷を選んだ理由は空白となった左側のページに思いついたことをメモできるように配慮したとのこと。でも、これって左利き仕様じゃね?(笑)
各コメント
Thorndike (180 Thumb Hold) with SHUNT
錯覚も何もないボディトリック。一時期、Penguin Magicで酷評されていたのも頷ける。
Lingua Franca
よくわからない。観客との談笑にリーディングを組み合わせたというべきか。
Pablo 87
メンタルによくあるサイコロ当てをスライハンドによって解決した作品。
Esclock
ジャンルとしては、前作のテーマと同等の内容。やっていることはパフォーマーの域であり、気軽にやってみようとはまず思えない。前作が好きな人がこれを読めば、ますます北原のファンになること間違いなし!また、簡易版といっても、ただただやる気が失せる方法でしかない。現象としては面白いぶん、電子ギミックでどうにかできないかと、つい考えてしまった。
Radioblood Dating
握ったお札の場所を当てる古典的なメンタルマジックを基に、北原ならどう立ち回るかが書かれている。
Seitengrat
インビジブルデックにおける新しい演出例の提案。インビジブルデックはこれまで「ここに見えないトランプがあります」などの名文句が使い古されてきたことを指摘。そこで、インビジブルデックの汎用性を活かし、より壮大な予言トリックに仕立てあげようと試みたようだ。とはいえ、あまりに世界観が壮大すぎて、それを実際にやるにはどんな手続きを踏めばいいかわからず、ほとんどの人が想像の中で完結していると思われる。
Ambassador
アメリカの定番ゲーム「20 Questions」をメンタルマジックに押し上げたのような作品。本人はこれを現場の外で時間が少し空いたときなどに行っているそうだ。アンバサダーは綿密に計画されたプロバブリティフォースであり、サイコロジカルフォースとはまた違ったジャンルに位置している。何がサイコロジカルフォースで、また何がプロバブリティフォースなのかを知らしめる考え抜かれた作品だと思った。前述の作品群があまりに酷かったせいか、こちらは非常に魅力的で印象深い。
ちなみに、このアンバサダーの仕組みを国旗から人物名へと拡張させた「アウストラロインデックス」を行っていると、「HUMINT」の中では語られている(とはいえ、環境という名の変数が複数あるという理由から具体的な話はほとんどされていないことを注意しておく)。それよりも、国旗のようにもっと身近でフォースしやすいテーマはたくさんあるのではと思ってしまった。やはり、その辺はマジック本によくある「各自で研究してください」ってことになるのかな。
Rosanjin Principle
作品を作り上げる際にどんなことを心がけるべきかについて具体例をほとんど出さず、北大路魯山人の言葉とマジックとは何の関係もない暗喩だけで淡々と説明。プリンシプルと名付けている割には原理原則がしっかり整っているわけではなく、抽象的な説明に終始している。
一応、自らの作品等を例示してはいるものの、各々がただの古典的なメンタルの改案だったりするため、何の参考にもなっていない。また、よくよく読んでみると、この「盛り込み過ぎないための抑制」というのは完全に個人の好き嫌いに委ねられると思う。それを俯瞰して一刀両断するのはずいぶん傲慢だと思う。「HUMINT」では、無謬性や誤謬性ついて話していたが、これもそれに関係する話ではあるんじゃないかな。
批判に次ぐ批判となってしまったが、彼が言いたいことはわかる。そこかしこで、なんとなく抱いていたマジック業界への不信を見事に突いている(地下に隠れず、それを先導してくれれば、どれだけいいことか)。確かに、暗黙知を形式知へと言語化することは容易ではない。だが、金銭を徴収しているのだから、私たちの時間を奪っているのだから、読者への献身を少しでも見せてほしいと思ってしまうのはただの傲りだろうか。
総評
彼の作品の解説の仕方は具体例をほとんど出さず、他のマジシャンにも応用できるように作品の本質が抽象的に書かれてしまっている。北原禎人の異端さをアピールしている割に、彼が実際にどう演じているかについては往々にして省かれている。そのため、そこに興味がある人はきっと失望感を覚えるだろう。解説される作品のほとんどが北原という人間が演じているからこそ成立する代物ばかり。それなのに最後はオリジナルの重要性について永遠と論を展開するのはおかしくないか。結局ところ、これでは何が言いたかったのか全くわからない。こんな俺スゴイだろ?くらいなもので、そこに金銭的な取引を生じさせる意味が分からない。
例えば、ロブ・ザブレッキーのように最初に彼の演技動画を見せた上で、この本を売り出せば、そりゃあ彼がどのようにしてああいったスタイルに至ったのか、確実に興味を引いただろう。だが、そうした映像資料は癸原髭巧 (きたはら・しこう)としてテレビ出演したあのちゃっちい映像(しかも断片的)しか残っていない。製品の魅力/真価を訴求するという意味では(マジック界を底上げする糧として打って出た代物としては)、プロモーションに完全に失敗しているといえる。
結論:北原禎人のファンなら買っていいが、それ以外は手にしない方がいい。メンタルに関心が強い中間層も同じだ。北原禎人がこれからも表舞台に現れない以上、5000円札が余って誰かに寄付しようかどうか迷っている人には最高の買い物となるだろう。