【レビュー】アウフヘーベン by KEN


私は大のメンタル好きだが、昨今のメンタリズム(道具を使わないPropless Mentalism)には辟易していて、海外で新刊の話が出てきても、だんだん食指が動かなくなってきた。

そんな折、珍しく国内でメンタル系の本が出ると耳にする。

著者は2017年に前作『No Way』で鮮烈デビューを果たすと、その驚きの内容からSNSを中心に物議を醸し、瞬く間にその年のクソネタオブザイヤーを受賞した逸材。

だが、その理由は「アウトの解説がない」「ノートとしてカサ増し具合が目に余る」といったある種不遇な評価だった。

後々、補足原稿なるアウト集を配布されるも、ネット上には今も低評価コメントが目立っている。

一方、新刊『アウフヘーベン』はというと、数年前に起きた珍事と強気の価格設定、そしてあのマヌーヴァお墨付き(?)ということもあって、個人的に期待と不安が入り乱れるなか、今回恐る恐る手に取ってみた。

▼読んでみた印象

誰の影響かは知らないが、全体的に心理学関係の御託がうるさい。

説得力を持たせるために言うべきだと思ったんだろうが、本当に心理学を体系的に学んでたらそんなこと怖くて書けないはずだよね?と心配になる。

変性意識や記憶モデルやミラーニューロンもあくまで仮説上の概念なわけだし、物理学みたいに強い理論がスクラムを組んでるわけでもない。

それを学術用語だから論文に書かれてるからといって妄信的に断言するというのは、ちょっと引く。

結局、メンタリストが心理学についてどうこう言う時は相手を騙す時だけってことかな。笑

それらを抜きにして言えば、本書はメンタル初心者を想定して手取り足取り教えてくれる、国内では数少ない良書だろう。

デュアルリアリティや心理的フォース、ちょっとした一言には大きなメッセージがあると解釈したがる感じといい、日本のKenton Knepperにもなれそうだ。笑

デュアルリアリティについてあそこまで語るんなら、Kenton一派であるFraser Parkerの疑似催眠も入れてほしかったとは思う。

あれもアレで物議を醸すクソネタになる可能性を秘めてるから、きっと次回作に持ち越しかな。笑

▼読者は誰か?

しかし良書とはいえ、本書はあくまでガラショーアクト「アウフヘーベン」というゴールに向かって話が進んでいくため、メンタル初心者がむやみに手を出すってのにはニーズが合わないと思う。

あくまでトランプを握りしめたままメンタルにも手を出したいって人向けに書かれていて、カードを使わないメンタルはほとんど取り上げられていない。

そればかりか、本書は良い意味でも悪い意味でもデュアルリアリティに特化している。

デュアルリアリティはその性質上、1対1でやるタイプのメンタルとは少し種類が違う。

カード当てひとつ取っても、いかにして本当に心を読んだように見せるかというリーディング関連の話は端書き程度しか載ってない。

購入者特典ではリーディングに触れる機会があったものの、なんのひねりのもない定型文に逃げていて、「メンタル=リーディング」と考えている人は別の本をあたった方がいい。

また、デュアルリアリティの手順自体は使えるっちゃ使えるが、それを使う場がどれだけの人に与えられているのか。

これまでデュアルリアリティという言葉さえ知らなかった人には良い刺激になるだろうが、人によって実用性に乏しい作品として損をした気分になるかもしれない。

それが本書の評価を二分する分かれ道になると思う。

▼気になること

個人的にひとつ気になる箇所があって、それは99ページの個人情報を当てるテクニックに関して。

言葉のあやか、ここで紹介される一連の原理を「私のテクニック」と称しているのはどうにも目に余る。

どうかPeter TurnerのBob Principleだとハッキリ書いてくれ。

たしかに、参考資料にはちゃんとその原理が解説されているDVDなり本なりが載っているが、他のそれと同様、ページ数も何も書いてないし、第三者がその種の作品集からそう易々と追えるとでも?

著者のTurner好きは前々から知っていたから、販売ページにデュアルリアリティの文字が映った瞬間、Bob Principleが降りてくるだろうと覚悟はしていたが、このパターンは予想外だった。

あれもPrincipleと呼ぶには疑わしいくらい、各所で寄稿される度、原形を止めないほど改変される気があるが、それでもこれは受け入れられないな。

私もBob Principleが好きでこれまで色んな使い方を考えた。

ストーカーまがいのヤバイやつだと思わせたり、知り合いが自分の彼氏を幻滅するよう仕向けたり、もし首相にやる機会があったら核弾頭の発射コードも当てられるんじゃないかと妄想したことも。笑

それだけ万能な原理にも関わらず、逆にあんな数ページで解説を終わらせるのはもったいないとも思った。

もちろん、それ以上に他の人にはまだまだ知られたくなかったんだけど。笑

▼最後に

個人的には、本書『アウフヘーベン』が巷で大絶賛されることを祈っている。

本書が絶賛されるということは、それだけメンタルに明るくない人が多いということ。

たとえ海外からネタを摘んでもってきても、結局英語も読めないからと日本語化にあたっては、高木重朗本のごとく得をしたとありがたがるとすれば、これほど素晴らしい売り手市場はない。

私もその恩恵に預かる一人として、もう少しそれに浸ってみようと、再び執筆意欲が湧き起こるかもしれない。笑