2006年から始まったオーディション番組「America’s Got Talent」はアメリカだけでなく、イギリスやオーストラリア、韓国など世界各国でシリーズ化されている人気長寿番組である。
番組には歌手やダンサー、コメディアンなど様々なパフォーマーが登場し、名物プロデューサーたちの前で披露。1週、2週、3週…と勝ち抜き選で徐々に人数を減らしていき、約3ヶ月かけてその年の優勝者を決める。挑戦者の中には決まって歌手やダンサーがいるように、プロアマ問わずマジシャンの存在も多々見られるのがポイント。
そして、今年の4月15日から11年目に突入したイギリス版「Britian’s Got Talent」に出演したイジー・シンプソン(Issy Simpson)という8才の少女に注目が集まっている。
このオーディション映像は公開後、2週間足らずで700万回以上再生され、今シーズン最も再生された動画となっている。
ハリーポッターのテーマソングとともに小さなダンボール箱を抱えて登場。
イジーは箱の中から3冊の本をサイモン・コーウェルを除いた3人の審査員たちに1人ずつ手渡していく。
その中には審査員の1人、デヴィッド・ウォリアムズの近著「The Midnight Gang」も。
審査員たちは本の中身がそれぞれ同じページではないことを確かめている間に、イジーは箱を床に下ろしてほしいとサイモンに頼む。
ところが、箱が重いせいか、動かそうにも持ち上げることすらできない。すぐ近くにいたデヴィッドも一緒になって手伝うも、ビクともしない。
そんな姿を見かねたイジーは2人を元の席に戻し、箱の中からおもむろにトランプを取り出す。
それから何事もなかったように静かに箱を抱えて床に下ろす様を見て、観衆や審査員たちは一同に呆気にとられる。
その後、イジーはカードマジックを見せたいと言って、サイモンにトランプを1枚引かせる。
誰にも見えないようにカード1枚を覚えさせたら、次は3人の審査員が持つ本の中からどれか1冊を選んでほしいと伝える。デヴィッドの必死のアピールをよそにサイモンはアリーシャ・ディクソンが持っていた「The Magic Faraway Tree」を選択。
イジーが「アリーシャの本には全部で600ページくらいありますが、1から600の間で数字を1つ言ってください」と投げかけると、サイモンはすぐさま「77」と返答。イジーの指示のもと、アリーシャは77ページを開き、その中から好きな単語を選んでほしいと言われ、彼女は「kettle(=やかん)」を選択。
イジーはマジシャンの口上である「選択における自由意思」を説き、ずっとステージ上に置いてあった黒板に注目するよう明言。すると、そこには手書きとおぼしき字で「kettle」と書かれていたことがわかる。
これで終わりかと思いきや、彼女は観衆たちの拍手を静止し、サイモンに先程引いたカードが何であったかを聞く。サイモンはカードを表向きにして、それがハートの4であったことを指し示す。
それから彼女は何も言わずに後ろを向いて黒のローブを脱ぎ捨てると、サイモンの写真とハートの4がプリントされたTシャツが現れ、フィナーレを迎える。
上記の動画では、冒頭の自己紹介や最後の審査員たちの感想部分が削除されているが、このパフォーマンスを受けて、既にネクストステージに進むことが決定している。
8才のリアルハリーポッターの正体
放送後、「Real Harry Potter Student」として、各メディアがこぞって取り上げるなか、先日、実の祖父とともにトーク番組「Lorraine」に出演した。
それによれば、イジーの祖父はブラックプールで活動するプロマジシャンのラズ・スティーブンス(Russ Stevens)だということがわかった。彼は1977年に「Magic Circle Young Magician of the Year Competition」を受賞したことを皮切りにマジシャンとして活動を始め、90年代にはヨーロッパを中心に幾度となくツアー公演を敢行。また、最近ではマジック雑誌「VANISH」の2014年8月号にて表紙を飾った過去があることがわかっている。
しかも現地メディア「Mirror」によると、2013年と2015年に同番組で準優勝を飾った2人のマジシャン、ジェームズ・モア(James More, 2013)とジェームズ・レイブン(James Raven, 2015)を陰で指導していた腕利きコンサルタントだということも判明。(これにより、なぜ8才の女の子が40万もする「Lynx Blackboard」とおぼしき電子デバイスを使っていたのかが説明できる)
とはいえ、業界内では、よく知られたブレインやコンサルタントの存在をメディアに向けて公表するのは少々リスキーに思う。実演するパフォーマーが大人ならば、コンビやらタッグやらといくらでも世間が理解しやすい形で伝えられるが、今回は子供だ。しかも、実の孫娘ときている。こうなると、一般人はいかに8才の子供の意思がはっきりしていようとも、子供がただの操り人形に見えてしまわれないだろうか。過去の雪辱をはらすべく…なんていうバックグラウンドも垣間見える。さて、現地の人々はどう受け取っているのだろう?
日本では、昔、山上兄弟が同じような背景で爆発的な人気を得ていたが、今回は電子デバイスを使って…というのは実に現代らしい。なるべくテクニックを使わずにという点では類似しているが、電子デバイスではイリュージョン以上に多様で、想像もつかないような現象を起こすことができる。そこにプロマジシャンの祖父がいるとすれば、もう何でもできるだろうし、逆に今後の方向性が気になる。
Tシャツのアイデアは盗用?
そんな中、放送後にカール・リーク(Carl Leek)と名乗るマジシャンがイジーの収録の前に同番組の名物プロデューサーたちの目の前で同様のマジック(=ラストのTシャツのトリック)を行っていたとしてパクリ疑惑を主張している。
リーク氏曰く、「ルーティンは文字通り、カーボンコピー」とのこと。話によれば、オーディションの3ヶ月前にTシャツのマジックをやりたいとの旨をメールで番組制作者に伝えたところ、ネット上で勝手にダウンロードした画像を使うのではなく、番組側が用意した画像を使ってほしいとのメールのやりとりがその証拠だという。
ただし、番組サイドが用意した画像と今回彼女が使った画像がまさしくカーボンコピーというわけではないようで、仮にそうでもただ演技が被っただけともとれる。
(それにもう一度動画を見てみると、カメラワークのせいでなんとも言えないが、単純にTシャツの絵柄を予言として扱ったわけではなく、ドレスコードが仕込まれていたとおぼしき動作が垣間見える。現に、つい今朝がたアップされたイジー・シンプソンのYouTubeアカウントにはサイモン・コーウェルがプリントされたTシャツとドレスコードを組み合わせた同様の手順が公開されている)
事実を掘り下げれば掘り下げるほど、答えのない変数が浮上し、現時点では真実は闇の中って感じだが、一応同番組の広報担当者は彼女を擁護するコメントを発表している。
こういう問題の面倒なところは真相を突き止めようと取材を重ねるごとに、次第にカードが事前にフォースされていたことなど、意図せずにトリックの構造に気づいてしまうことだ。(マジック関連の裁判の場合、大概特許の有無が争点であり、それ以外はそもそも訴訟すら起こせないと思うが)
ここまでちょっとしたゴシップについてグダグダと語ってしまったが、カール・リークのネタが仮に全く同じでも同様の評価は得られなかったのは事実だ。
30代半ばの男性がカジュアルにカードマジックを行うそれほど目新しくもないスタイルではなく、小柄な体格を上手く活かした演出やそこから放たれるギャップを意識した構成が評価されたのは厳然たる…
いや、こんなふうに語ってると、彼女を裏で支えるプロデューサーを評価しているように聞こえて何か間違っている気が…(笑)
なお、「Britian’s Got Talent」に出演以降、彼女は自身の公式サイトを立ち上げたり、ツイッターを含むrSNS各種を開設し、少しずつ演技動画をアップしている模様。
今後、番組内でファイナリストとして残れるのか、またこれからどのような活躍を見せるか気になるところだ。