ある日、知り合いがこんなことを言った。
「(コロナが起きる)前よりもマジケの価格がなんか高くなってる気がする」
そのときは「駄作を引き当てただけだろ?」と、まともに取り合わなかった。
しかし、マジケが近づくたびにそのやりとりを思い出すと、どうにかして客観的に検証できないか考え始める。
無性に調べてみたい衝動におそわれた。
データ収集
手始めに運営が公開している出展品一覧を開催時期ごとに集めてみた。
2021年春から2026年冬までは出揃ったが、コロナ前のデータがない。2019年までの一部期間はこっぺさんや琴内さんが有志でスプレッドシートを作っていたが、これはあくまで暫定的なリストで、現在の規模と比較するにはもう少しデータがほしい。
そこで、当時のX(旧ツイッター)の投稿を一つひとつ遡ったり、YouTubeの映り込みや出展者のブログを掘り起こすことで2017年から2019年の出展品一覧を新たに作ってみた。
それぞれ200件前後のデータが集まった。これは当時の出展ブース数と比べて遜色ないと考える。(2020年は初のオンライン開催とあって全体的に商品数がかなり絞られており、今回は異常値として分析に含めない)
こうして、計8年分(約4800件)のデータを集めることができた。
出展品一覧には開催時期、ブース名、カテゴリー、作品名、価格のデータが入っていて、このうちカテゴリーには冊子、PDF、DVD、動画、道具、雑貨、その他に振り分けた。
※雑貨:現象に直接繋がらない品々を分類。Tシャツや缶バッジなど。
※その他:くじ引きや体験サービス、サンプル品など。
当初はエクセルに出展品一覧を貼り付けるだけの簡単な作業かと思っていたが、現実はそんなに甘くなかった。そこに現れたのは、膨大な表記揺れの山。それでも日夜格闘を続け、執念の末についにデータセットを完成させた。
ここからコロナが起きる「前」と「後」を比較して、マジケにどのような構造変化が起きたのか分析してみる。
商品数は2017年から2026年冬にかけて2倍になった。この間、商品構成比や価格構成比もキレイに2倍になっているとは思えない。必ず何かしらの歪(ひず)みが起きているはず。
カテゴリーごとにその内訳を詳しく見てみる。
映像作品
コロナ前までDVDは毎期20本程度あって、価格帯は2000円台が圧倒的多数(2019年の中央値は2500円)だった。それがコロナを契機に激減し、代わりに動画が市民権を得た。いまや、動画の数はDVDが主流だった時代(2019年)と比べて3倍に増えた。
※2023年春に一時的に66本と急増しているのは今はなきmMLが既製品(レクチャーDVDのバックナンバーなど)を大量出展したため。それを除けば、例年どおり6本に限られる。また、2022年秋も企業ブースが19本と半分近くを占める。
かたや、DVDはコロナ後に毎期1桁台まで減った。DVDと動画の比率がそれまで9:1の状態だったことを考えると、完全に逆転したのがわかる。
動画はDVDよりも作り手にとって負担が少ない。特にそれまで敷居の高いイメージがあったDVDよりもテーマを絞ったアイデア集として切り売りしやすく、そのぶん一つひとつの値段が小さくなる。そして、その影響が平均価格に反映されている。
しかしながら、直近の動向を見ると、必ずしもそうではないらしい。2026年冬から1000円台の価格帯が減り、3000円以上が若干増えたことで、結果的に平均価格が押し上げられている。急ピッチな上昇であることから一時的かもしれない。(実際、2025年夏まで動画の中央値は1500円だった)
この間、DVDはある意味でレアになった。気づけば、中央値は4000円台とワンランク高価になった。でも、これには裏がある。今のDVDはほとんどが息の長い再販商品であり、そのせいで平均やら中央値やらを歪めている。実際、新作DVDがマジケに届けられるのは数年に1本しかなく、今のところこれまでの系譜をたどった良心的なお値段に落ち着いている。
コロナ前のマジケというと、映像作品はDVDが当たり前で、紙媒体ほど気軽に出せる代物ではなかった。もちろん、デジタルコンテンツは選択肢の一つとして2018年ごろからその兆しはあった。前日ギリギリまで制作していたことを言い訳にQRコードを売りさばく輩がチラホラいた。
私の知る限り当時の反応は半々だった。特に気にしない人もいれば、「わざわざ現地に足を運んでいるのだから形のあるものがほしいよね」と愚痴をこぼす人もいた。そんなグレーな媒体が丸2年に及ぶオンライン開催と現在も続くハイブリッド開催によって、ついに日常になったわけだ。
書籍
書籍(冊子およびPDF)にもデジタルコンテンツの隆盛が起きた。かつて9:1の関係にあった冊子とPDFもその数はいま逆転している。
それまで紙媒体で作られていた低価格品がPDFに流れ、999円以下の価格帯がめっきり減った。
ただし、冊子への影響はその程度で済んだ。動画はDVDを駆逐したが、PDFは冊子を完全には駆逐できなかった。冊子はその比率こそ2:8になるまで追い込まれたが、いまも毎期30〜50点程度ある。これは作り手にとって紙で残すことに、そこはかとない魅力があるのだろう。そのおかげか、各価格帯も安定していて、平均価格にも中央値にも取り立てて変化は見られなかった。
では、PDFはどうか。PDFが冊子の数を上回った2021年春を起点にその動向を見てみる。
※マジケには作り手がPDFを出展しながら、その実は動画のリンクがついたQRコードだということがままある。調査の過程で動画の成分が大きい作品は可能な限り動画に振り分けたつもりだが、そこにはある程度の見落としがあることを留意してほしい。
PDFはオンラインを通じて手軽に頒布できる。目先の利益よりもアイデアの共有を目的に300円以下の価格に設定することも少なくない。加えて、冊子から低価格帯が流れたこともあり、999円以下が全体のおおむね4割を占めている。とはいえ、それ以外の価格帯は冊子同様、特段の変化は見られなかった。
道具
道具とはギミック単体、またはギミックと解説がセットになった作品を指している。レギュラーデックとレギュラーコインはコレクター色が強いため、今回の分析から除外する。
道具はマジケにおいて書籍と双璧をなす存在で、商品数は全体の3割を占める。
それまで道具の価格帯は999円以下と1000円台を合わせて6割を超えていたが、コロナ後はその割合が少しずつ下がっていき、直近は2割程度まで落ち込んでいる。
その一方、5000円超えの価格帯が増え、直近は全体の2割を占めるまで膨らみ、さらに4000円以上も含めれば4割にも達する。
つまり、1999円以下と5000円以上の作品が同じ数あるわけだ。
この図を見る限り、マジケに欠かさず足を運んでいる人からすれば、価格の水準が上がっているように感じても不思議ではない。とりわけコロナ前の感覚が抜けない人からしたら、ついつい高額品に目が行ってしまい、マジケに並ぶ商品がインフレしているように見えるはず。
この近年の動向から「価格の幅が豊かになった」などと言えば聞こえはいいが、このトレンドが続くなら、諸手を挙げて喜べるかどうか疑わしくなる。
なぜ価格は高くなったのか?
昨今の物価高と結びつけるのは何か違う気がする。道具にだけ明確な変化が起きたことを考えると、マジケのあり方が変わってしまったのが要因のひとつだと思う。
きっかけは、この12年の間にその名が知られるようになった作り手や作品の存在が大きいかもしれない。ショップのような審査機能もない同人即売会から「マジケ発」の名を冠して突如スターたちが現れた。最新作は常にマジケで先行販売され、マジケに新たな価値が生まれた瞬間だった。
しかし、規模が大きくなるにつれ、よそから色々な人種が入り込んでくる。まるでコンベンションか何かと勘違いして、定価に近い価格で見覚えのある商品をテーブルに大量に並べる連中だ。その隣には無名の個人が負けじとブースを作り込んでショップと見劣りしない強気な価格設定を繰り出す。そして、そこへバイヤーが再びやってきて、新作を発掘する場として全力で乗っかる。
いまに始まった光景ではないが、そういう輩が回を重ねるごとに増えている気がする。視界に入るたびに「どこか、ほかでやってくれ」と切に願う。
音楽フェスみたいに規模が大きくなるにつれ、イベントとしてコモディティ化するケースは珍しくない。いま起きている事象がショップと同じような価格帯に近づいているだけならまだいいが、マジケらしい作品まで失われ始めれば、事態はより一層深刻だ。
まとめ
以上の調査からマジケの価格は一概に上がっているとはいえず、カテゴリーごとにばらつきがあった。
1、動画が定着したことで、DVDの時代より少し値段が手頃になった。(今後の動向を注視)
2、書籍に目立った変化はない。
3、道具は確かにコロナ前よりも高くなっている。
だからPDFや動画に手を伸ばした際に、もし満足できず「高い」と感じたなら、それはインフレが原因じゃなく、単純にそれだけ中身が伴っていなかったせいだ。
ショップに並べる価値もないくせに、値札だけ真似してクリエイター気取りをしてる誰かに腹を立てている。
そう考えた方が妥当かもしれない(暴論)
