マジケの価格調査を進めるにあたって、あるデータが目に止まった。
それは「新作率」だ。これは文字通り全体のうち新作が何%を占めるかを指す。
2026年冬の新作率は44%だった。
裏を返せば、これは新作よりも旧作(再販)の方が多いということになる。
この数字には少々危機感を感じる。
新作が少なくなったワケ
2018年から2021年冬の新作率は80%前後と高水準だった。特にコロナ前は出展ブースも入れ替わりが激しく、活気に満ちていた印象がある。
ところが、2022年春に転機を迎える。全体の伸びに比べて新作率がガクッと下がり、それまでの景色に靄(もや)がかかるようになった。
この時期、取り立てて大きな出来事があった覚えはない。強いていえば、通算4回目のオンライン開催。年2回の開催に移行してから丸1年の時期にあたる。
これがなにがしか関係があるとするなら、開催スパンが短くなったことでアイデアを練る時間が減り、新作の供給に悪影響を及ぼしたといえるかもしれない。
オンライン開催の常態化も一枚噛んでいそうだ。新作が激減したはずなのに全体が伸びた理由はシンプルに旧作が増えたから。DVDや冊子には在庫に限りがあるが、デジタルコンテンツはそれがないぶん、容易かつ無限に再販できてしまう。
2022年秋からは現在まで続くハイブリッド開催となったが、新作率は元の水準に戻れないまま、2024年冬にはついに50%を切った。
この間の新作発表数を見ると、2023年春にピークをつけた後、その後はおおむね200点前後で推移している。これはコロナ前の2018年と変わっていないものの、年2回の開催に移行してからもこのペースを保っているのは興味深い。2025年夏には一時300点台まで急増したこともあったが、翌年には再び落ち着きを取り戻している。
※ ちなみに、ここでいう「新作」とは、あくまでマジケでの販売が「初」という意味にすぎない。他店で卸した実績のある作品を除けば、その数はもっと少なくなる。リアル会場にはそうした多作家や企業ブースの存在もあって実像との乖離がある。
このまま何の手立ても打たずに放置すれば、旧作が悪目立ちしてマジケが陳腐化する未来も想像に難(かた)くない。
ひとつ確かなのは、新作の数そのものはどうでもいい。新作が300点でも400点でも根本的な解決には至らない。なぜなら、その年に新作がどれだけ増えても、その半年後に旧作として再販されれば、新作率は再び低下するからだ。
重要なのは、その年に出た新作のうち何%が半年後も生き残っていて、旧作のうち何%が半年後もしぶとく再販しているのか。ここにメスを入れなければ、事態は悪い方向にばかり進んでいく。
悪夢のシナリオ
もし旧作が圧倒的多数を占め、新作に勢いがなくなれば、マジケらしい作品も一緒に廃れていくかもしれない。「どうせ、またいつもと同じやつが並んでるんでしょ?」という考えが少しずつ根付いてくると、マジケに対する期待は薄らぐ。足が遠のき、次回のマジケすらチェックしなくなれば致命的だ。
いまは新作が頭打ちになっているワケを想像でしか語れない。でも、それがマジケから足が遠のいていく理由と少しでも結びついたとき、負のループが完成する。

2014年から2019年まで出展ブースや来場者数は右肩上がりで成長してきた。2020年のコロナ危機を乗り越え、オンラインやハイブリッド開催を通じてマジケは成熟期に入った。この次に待ってるのが衰退なら、その引き金を引くのはコレかもしれない。
だんだん旧作アンチみたいになってきたので、このあたりで筆をおくとしよう。
新作のうち何%が幻の作品になるのか?
最後に少し視点を変えて、新作のうち何%が幻の作品になるのかも調べてみた。その中から映像作品、書籍、道具だけを抜き出してみる。
もちろん、過去に一度しか出展したことがないからといって、必ずしも二度と手に入らないわけじゃない。作り手が後にどこかのショップに卸したり、自前のショップサイトで販売することもあるわけだが、なるべくマジケ開催前から他店に卸していた作品を省いて、改めて集計してみた。
すると、その回限りで二度とあらわれない作品はここ数年25%〜40%で推移していることがわかった。コロナ前は60%程度あったことからオンラインの恩恵が良くも悪くも活きているのがわかる。
それでも、新作10個のうち3〜4個が毎回消えるわけだ。
この記事を読んで、「また半年後も再販するんだろ」とタカをくくっていると、痛い目を見るかもしれない。とりわけ新顔ブースはその傾向が強いので注意したい。
駄作ゆえにお蔵入りになったのか、一身上の都合かは定かではないが、これまで数多くの作品がひっそりと姿を消してきた。その数はなんと累計800点をゆうに超える。
毎期、60〜80点前後がその憂き目にあう。そのうちのいくつがマジケのために作られたかはわからない。だが、マジケがあったから苦労して形に残した人がいて、そこに赴き、出会いが生まれたのは事実だ。
絶やしてはならない。


