【レビュー】世の中で悪用されている心理テクニック by バーディー


私は迷っている。マジシャン界隈と同じように本書を無批判に称賛するべきなのか、否か。

この本にはいくつかの問題がある。

そのうちのいくつかは著者の問題でなく、校正者の問題だと目をつぶっても、それだけでは片づけられない。

まず、本書の構成から話そう。

本書の5割~6割は日常の中で使える心理テクニックについて書かれている。

そして、その書き方は実に巧妙だ。

例えば、著者が独自に考えたとする行動原理「メリットデメリットシステム」。

これはただの(超簡略化された)ゲーム理論にほかならない。

メリット/デメリット、得をするか損をするか。あとはもう説明不要か。

興味深いのはこの二元論を巧みに使い、既存の心理学の理論を例にそれが得なのか損なのかを当てはめ、自分の理論が正しいものであると論理的(?)に説明していることだ。

例えば、フットインザドアや認知的不協和理論、コンコルド効果とおぼしき例を持ち出し、「人間には自身が投資した労力の否定をデメリットと捉える心理がある」と、うそぶく。

使っている事例のほとんどは著者が卑下する、人の心を操る系の本から拝借しているような内容ばかり。

はて、これは単に私の心理学関連の知識が無駄にあるせいなのか。

あるいは、著者独自が考えた(科学的な根拠のない)新たな行動原理を真に指し示しているだけなのか。

もし既存の理論や心理効果を例にして「ここでは簡単に損得勘定で考えてみましょう」と、そう説明しているのであれば、それはそれですごく面白みがあった。

だが、彼はそれすらも省いた。それこそ、自らが考えたとそう明言しているんだ。

原理を無視し、結果論だけを一括りにし、そして簡略化し、論理的に説明する。

純然たる詭弁だ。

しかし、結果だけを見れば、プロセスだけを追えば、彼の論理は正しいように見えてしまう。

たしかに、心理学は多くの人間に共通する感情や行動等を研究する学問だ。

コールドリーディングの観点からいえば、心理学の世界で培われた理論は人生の中で誰しもが経験しうる、あるあるネタで溢れかえっている。

本書には登場しなかったが、認知バイアスなんて特にそうだろう。(ずっとこの手法をリーディングに活かせないかと模索していたが、まさか自己啓発本の中で活用してくるとは…)

もちろん、その全てがメリットデメリットシステムに準じているわけではない。

だが、そのほとんどが既存の理論を下敷きにしたとおぼしき例を挟み、催眠術や暗示という言葉で置き換えては、その根拠をうやむやにしている。

ある意味、これは著者の言う「巷にあふれる人の心を操る系の本で人をコントロールしようするんて無駄なこと。本当に人をコントロールしたければ、催眠術の考え方を学べ」という主張を裏付ける、実に賢い戦略だ。

それに事例自体は既出の理論に即しているもんだから、特にデタラメを書きつらしているわけでもない。

一番面白いのは第1章にこう書かれていること。

「200年前の人たちも21世紀の私たちも、なんら変わりなく、あてのない根拠を信じてしまう」

そう言いながら、結局は自らも根拠という根拠を示さずに「そういうものだからだ」というスタンスで終始言い逃れ続けている。

ようやく心理学者の名前が出てきたかと思ったら、好意の返報性(Reciprocal Linking)はフェスティンガーが提唱したものだと言い出す始末(笑)

(フェスティンガーといえば、本書の中で度々例としてひそかに持ち出される認知的不協和理論を提唱した人物じゃないか。それに、あれは誰が提唱したとかそういうものでもなかったはずだが…)

総じていうと、まさにこの本自体が読者の思考を操り、かつ読者に人の心をコントロールする術を最も簡単に教えている、いまだかつてない一般書ということだ。

いずれ著者がこの本はバーディーの仕掛けた大規模な社会実験でしたと、そう明言する日を願いたいところ。

 

と、ここまでが本書を取り巻く問題点の1つだが、やはりこの本は、それだけではどうにも切り捨てられない。

おそらく、本書を手に取ってみようかと、そう思い悩んでいる人の多くは催眠関係に由来しているのではないかと思う。

結局のところ、本書では、催眠とは何かをきちんと定義することはなく、様々な例を通じて読者に悟らせるよう努めている。

暗示も「信じてしまうまでが暗示」と定義してあるだけ。洗脳すらも意味を変えて、独自に定義してくる。

それでも、本書の中には催眠の準備段階(誤解を解いたり、動作から見極めたり)について具体的な口上やその仕組みを丁寧に解説してくれる。それはある種催眠の本質的部分を明らかにするにこと繋がり、ただ催眠技法を列挙するだけの本とは訳が違う。

終始、ラポールの形成が重要と言っているだけに、その点は少なからず責任を果たしてくれている。(まあ、ヒプノティズムベンドシリーズで語られた内容と結構重複してるけど)

著者はショー催眠の人間だから、被暗示性等の基礎研究に関わる部分は流し読みする程度いいと思う。それでも、ショー催眠を行う者の見解というのは文献的にも貴重だということは確かだ。

既存の催眠術の本はやり方を紹介するだけで、既成概念を批評することは中々ないが、本書では今日のショー催眠のあり方に若干の自己矛盾を抱えながらも、果敢に一石投じようと試みている。催眠をかじったことがある人にとっては、それはそれで爽快なのかもしれない。

また、マジックの観点からも、本書では興味深い分析が添えられている。日常生活と催眠を結びつけるのは簡単だが、そこにマジックを足して既存の演出論との親和性を説いているあたり、一瞬こういう本をもっと読んでみたいとも思った。

(マジックの世界で言われている理論は大概マジックを例にしてそのまま筆を置いてしまう。だが、多くの場合、使っている考え方は本屋で平積みされてるような一般書の中でも垣間見えることが多々ある。その事実を業界内のより多くの人に流布できれば…とついそんな風に思ってしまった)

きっとマジック業界なら、催眠の部分だけすっぱ抜いて、1500円で売りさばいても、十分に安いと思えたろう。

ただページ数を稼ぐためだけに、また自身の威光を高めるためにこういう書き方をするしかなかったのだとしたら、著者に盛大な拍手を送りたい。

とはいえ、一般書という観点から再度考えてみたとき、催眠そのものについて少し説明不足のように感じた。これを読んで、催眠への誤解が払拭できるかというと、疑問の余地がある。この本を聖書のように崇め奉れば、それも叶ったろうが、そう易々と鵜呑みにできるものか。

詰まるところ、催眠はプラシーボ効果とラポールの形成に尽きるというのが著者の主張だ。

(催眠を定義せずにこう言ってのけるあたり、どうも気に食わないが)

しかも、それで説明を終えてしまっている。本当なら、そこで古今東西のプラシーボ効果由来の目を引く事例を挙げ連ねても良かったのに。催眠の研究論文でも引っ提げて、1つの学問として研究されている事実をアピールしても良かったと思うし、そうすれば完成度が高まるという意味で、もっとページ数が稼げたはずだ。

とまあ、まだまだ言い足りないところはあるが、主旨は伝わったと思う。

とにかく、本書はそれくらいツッコミどころが満載なんだ。

何が正しくて、何が間違っているのか。それを意識して読みさえすれば、得られることは多いんじゃないかな?