2019年4月2日、海外の掲示板サイト「Magic Cafe」の恒例企画である「トリックオブザイヤー2018」が決定した。今年は2つの作品が初の同率一位を飾る結果となった。果たして、どのような作品が選ばれたのか?
Digital Force Bag by Nick Einhorn and Craig Squires
一言でいえば、これはスマホのメモ帳アプリに書かれた100個の項目から観客が選んだ数字に沿った項目をフォースできるマジックアプリ。
リストは自分の好きにカスタマイズでき、好きな単語をフォースすることができる。
以下の動画では、再生地点から簡単なデモンストレーションが始まるように設定してあるが、少し冗長的なため内容をまとめてみる。
1. サイコロを振って何回か振り、好きなところで数字を決める。ここでは18だったとする。
2. メモ帳アプリを開く。有名人の名前がずらりと書かれたリストがある。選んだ数字のところにある名前を確認。ここではロック歌手のエルヴィス・プレスリーが書かれている。
3. もう一方のメモ帳にもカードの名前がずらりと並び、数字の18にはクラブの10だとわかる。
4, ずっと机に置いてあった封筒を開けると、そこにはクラブの10を持ったエルヴィス・プレスリーの写真が入っている。
“REVIEW” Digital Force Bag The New Best Magic Trick On Iphone ? | YouTube
一見、スマホに書かれた単語リストからのフォースというと、かなり違和感のある手順に思える。
なぜサイコロを使うのか、なぜカードの名前がメモ帳にリストアップされているのか。違和感だらけだ。
しかしながら、実際、数字は相手の好きに決められるし、使うリストも買い物リストや調べものリスト、見たい映画リストなど、誰のスマホにも入っていそうなネタから単語をフォースすることができる(ひいては暗に数字を誘導したように見せられる)。
つまり、話の文脈にさえ合っていれば、単語を簡単にフォースできるわけだ。
例えば、手品ブログ『Jerx』では、使い方の一つとしてアンディ・ナイマンの『Dice Man』にあやかった、こんな方法を提案している。
Dirty App Magic | The Jerx
http://www.thejerx.com/blog/2018/8/6/dirty-app-magic
カフェで友人たちと話していたとする。わたしは女友達のアマンダに目を向け、「君とやりたいことをリストにしてあるんだ」と言う。
案の定、相手は困惑。
「君と一緒にやりたいことを100個 考えたんだよ。1から100の間で数字を1つ言ってみて」
「んー。12かな」
わたしはスマホの取り出して友達のジャスティンに手渡し、メモ帳アプリを開いてもらう。
「”アマンダとしたいこと”ってリストがあるでしょ。12番目に何があるか教えて」
12番目までスクロールする。
「ハグって書いてある」ジャスティンは答える。
「ああ、そう」わたしはガッカリした様子で言う。「まあ、それもいいか」
すると突然、ジャスティンが吹き出す。
「何?どうしたの?」気になったアマンダはスマホをのぞき見る。12番目には確かに『ハグ』と書かれているが、他の99個には軽い下ネタから完全にアウトなワードまで騎乗位や足コキ、顔射などあらゆるプレイが網羅されていた。
「今なら他の数字に選び直してもいいよ」わたしは恥ずかしげにつぶやく。
はてさて、これはマジックなのか。ゲームと称して女の子とワイワイ楽しんでいるようにも見える。
されど、マジックをするとは言わずにマジックをしているかのように持っていってる点では実に興味深く、Digital Force Bagの特長ともいえる。
スマホを使ったマジックは一歩間違えると、特別なアプリか何かでやっていると思われる可能性を多分に含んでいる。
そのため、最初からインストール済みの機能をネタにすることで、スマホを使うことに違和感がなくなるようにするのが定石だ。カメラ、写真、インスタグラム、Siri、Googleマップ、検索結果、メッセージ、Youtubeなどなど。
そして今回、ついにメモ帳アプリが登場したというところか。
それでも、今回のメモ帳アプリは他のアプリと違って、一歩間違うと違和感だらけの手順に成り下がる危険がある。その最たる例が前述で取り上げたレビュー動画だ。
芸能人のリストだとかディズニーキャラクターだとか、何の脈絡もないリストだと、それだけでマジック目的だとわかってしまい、スマホ自体に何か仕掛けがあるのではないかと疑われしまう。
そういう意味では、自前のスマホを使う以上、メンタル寄りの演出の方が合っているのかもしれない。観客のスマホなら技術的な仕掛けを疑う余地はないので好き勝手やったとしても”マジック”のように感じる。
汎用性が高いがゆえに、リストの中身にも気を配らなければならないわけだ。
そういえば、こうした「フォースワード以外は全て下ネタ」というオチはNetflixで配信中の『ジャスティン・ウィルマンの人生はマジック』にも登場していたっけ。(なお、使っているのはトム・ストーンの『Of Dice and Men』)
Choose wisely.#MagicForHumans @netflix pic.twitter.com/zgsEf511BY
— Justin Willman (@Justin_Willman) September 12, 2018
そして今回、同率一位となったもう一つのトリックオブザイヤーがこちら。
Turner Watch by Nobody Knows
Video Performances | Nobody Knows | Vimeo
一言でいうと、指定された時間を予言できるスマートウォッチ。
その秘密は腕時計本体よりも、スマホと連動したアプリに詰まってる。
使い方は主にスマホをリモコン代わりにして時計の針を操作することにあるが、その方法には何パターンか用意され、どれも見た目ではわからないよう狡猾に隠されている。中でも、スマホカメラで撮りながらやる方法には脱帽。まさかカメラで撮ってる人が信号を送ってるとは誰も思うまい。
従来のウォッチギミックはどれもメンズ用に作られている気があったが、Turner Watchには白と黒の2種類が用意され、そのうち白はレディース用に使っても違和感がないデザインになっている。
ところが残念ながら、現在は販売を一時終了しており、商品ページも既に閉鎖されている。
一般人に知られるのを恐れてか、極力その存在をひた隠しにしているようだ。ある意味、電子ギミックを開発するメーカーよりも地下に潜っている印象。メーカー名を”Nobody Knows“(=誰も知らない)と称してることからも、それは自明の理かもしれない。
テクノロジーの進歩がマジックを殺す?
実のところ、アナログ式のスマートウォッチというのは今に始まったアイデアではない。巷では、ハイブリッドスマートウォッチと呼ばれ、カシオやソニーなど多くの国内メーカーが類似商品を発売している。
スマホと連動する機能はもちろんのこと、他のスマートウォッチと同様、無駄機能を完備した製品はゴロゴロある。それでも、長針を動かすためのリューズがなかったり、時間を再設定しても時計の針がスムーズに動かなかったりとマジックに適した製品はありそうでない。
こうした類似商品の存在を知った方はおそらく「この手のギミックもいずれ時代とともに使えなくなるのでは?」と危惧したくなるかもしれない。
だが、本当にそうだろうか。
そもそも、スマホを介して第三者が手動で時計の針を操作してる時点で、目の前で見てる観客がその存在に気づくわけがない。
もし疑う余地があるとしたら、それは(不用意に)演者が両手をポケットに突っ込んでる場合だろう。それならリモコンか何かを連想できる。
他に勘づく人がいるとすれば、その光景を画面越しに見る視聴者ぐらいの話だと思う。
今回のTurner Watchに限らず、テクノロジーの進歩がマジックの不思議さを殺してしまうのではないかという懸念は度々沸き起こる。
色々な意見がある中で一つだけ言っておきたいのは、既製品を使っていないと思わせるのもマジシャンとしての腕の見せ所ではないだろうか。
科学技術に頼るのもいいが、マジックとして考えるなら、どう見せるのか工夫するだけで全然違う。オモチャで遊んでるわけじゃないんだからさ。
ブックオブザイヤー2018 ”Repertoire by Asi Wind”
タイトルからわかるとおり、本書はアシ・ウィンド(Asi Wind)の作品集であり、内容はDVDやダウンロード商品等で販売した過去の作品がほとんど収録されている。
現在では手が入りにくくなった『Switcher』(ギミックによる本のスイッチ)や『Chapeter One』(作品集)など諸々再録しているようだが、どうやらエッセイ部分は入っていない。
まだメンタル系の作品(4/21作品)しか斜め読みしていないのが心苦しいが、個人的には椅子を使わないチェアテスト『catch 23』は盲点だった。なぜこれを思いつかなかったのか。
本当ならArt of Magicで単体で売られていたようだが、カード畑のイメージゆえに完全に眼中になかった。
これはこれでホントに誰かさんのレパートリーって印象が強く残る。言い換えれば、本を読んでパッとできる類じゃないし、セルフワーキング的な負担の少ないタイプでもない。そういう意味で”レパートリー”っぽい。
彼に関しては、てっきりカードマジックしかやらない人かと思っていたが、本書を通じて思いもよらない発見ができたのは良かった。
他にも、ダレン・ブラウンやチャン・カナスタ(Chan Canasta)から着想を得たカードマジックもあったり、そういうのが好きな人には刺さるだろう。手法自体はマジシャンからしたら想像の範囲内だろうけど、それを実際にやろうって人がいようとは。
付け加えて言えば、それはダレン・ブラウンのように一回きりだからこそ成立する現象であったり、『Three Card Routines』のように問答無用でネモニカを行使してきりといったそういう内容だ。
なので、全部が全部『Double Exposure』のように現代的なマジックの目白押しだと考えるのは早計なイメージだ、とだけ言っておく。
まとめ
詰まるところ、今回はどちらもアプリ系で、またいずれも(本も含めて)マジックショップには卸されていない曲者だった。
2016年からなんやかんやでマジック系のアプリが選ばれ続けているのは意外だった。スマホが普及してから何年か経った後にその恩恵を受け始めているということなのか。
アプリとの連携という点では、昨年発売された『Sixth Sense 3.0』もその恩恵を受けていたことを思い出す。各人の演技スタイルに合わせられるよう、バイブの反応速度や振動の強さなど細かな設定をスマホで調整できたり。
電子ギミックにおいて今後もその流れは続いていくだろうし、その過程で思わぬ作品が生まれることもきっとあるのだろう。